「由宇子の天秤」が突きつける報道と社会の在り方 春本雄二郎監督が語る衝撃作品を生み出した経緯

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――春本監督の長編デビュー作『かぞくへ』は2016年なので、それより前から準備していたということですね。

まだ助監督を続けてたときですが、その頃には、脚本の第1稿は完成していました。ただ、初監督作としてはテーマ的に扱いきれるか不安だったので、いったんその脚本は寝かせることにしました。まずは肩慣らしをしたいなと思って。1作目の『かぞくへ』を先に作ることにしました。

『かぞくへ』を撮って、公開してとやっていたら、3年ぐらい経ってしまった。そうしたらその間にいろいろな加害者家族を扱った映画が出てきて。「これはまずいぞ」と思いました(笑)。ただそれらの映画は、問題提起のレベルで終わっていて、この先に僕らの社会はどうなっていくのか、その辺が良くなっていくためにはどうなればいいのか、という提案まで示していなかった。だからこの映画ではそこまで行きたいなと思ったんです。

マスメディアが炎上しやすい形で報じていないか

――マスメディアの報道だけでなく、それをSNSで拡散して炎上させる人々もいます。まさに現代社会が抱える現象ですが、監督はどう見ているでしょうか。

マスメディアが何か事件を取りあげるときは、とにかく炎上しやすいような形にしているような感じがしています。オリンピックをめぐる一連の騒動もそうだと思うんです。報道ではまるでエンタメのような切り取り方をして煽っているし、それに対して人々も簡単に群がる。でもそれに飽きたらポイッと捨てられる。

結局そこには焼け野原しか残らないというか、そこに生きている人たちを消費してしまうことの繰り返しになっている。この先こういう社会になってしまったときに、どんな弊害が起きてくるんだろうと思ったんですよ。

その時に由宇子のような、自分の正しさを疑わなかった女性が、本当は自分自身の過ちを認めたいのに、認められないで、がんじがらめになる。これを認めてしまえば、社会的に抹殺されてしまうんじゃないかという状態になり、本来、明るみに出なければいけなかったはずの事実が隠されることになる。じゃあなぜ由宇子が変容せざるをえなかったのか。隠さざるをえなかったのか。そんな危険性をこの映画で描きたかったんです

ドキュメンタリー番組のディレクターらに取材を行い、実際にあるような番組制作の現場を表現 ©️2020 映画工房春組 合同会社

――マスメディアには、ジャーナリズムとしての使命がある一方、販売部数を上げるとか、視聴率の高い番組を作るといった商業主義的な側面があります。今、商業的な側面が強くなって、真実をきちんと冷静に伝えるということを忘れがちになっていると感じられたことはありますでしょうか。

「これじゃ記事にならないよ」とか、「お客さんが食いつかないよ」といったことだけで突き進むのはどうかなと思います。メディアの方々が素晴らしいなと思うのは、世の中に対して訴求するというか、発信する力を持ってるということだと思うんですよ。この特権って誰も持ってないからこそ、世の中が良くなる方向に使ってもらいたいと思っているんです。

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