他国に目を転じてみれば、戦略的かつ長期的に金融市場の活性化を行ってきた国もある。シンガポールは、1990年代後半からアジア通貨危機等を背景に、産業競争政策としてアジアの金融センターを目指すことを決めた。
シンガポールは何が違うのか
資産運用ビジネスを戦略的な産業として明確に位置づけ、税制、ITインフラ、人材の誘致と専門性向上のための教育、さまざまな施策を包括的に実施。政府資産の運用についても、元々政府系企業の持ち株会社の統括のためや外貨準備の運用のための機関であったソブリン・ウエルス・ファンドのテマセク・ホールディングス(以下、テマセク)、GIC(シンガポール政府投資公社)の運用方針を変更。戦略分野のノウハウの蓄積・産業育成を目的に、GICの民間運用機関への開放やテマセクの国外での積極投資を実施した。
GICは国外に限定して、株式、債券、不動産、PE等に分散投資しポートフォリオで長期運用を行い、20年の実質利益率は約4% 。テマセクは、エクイティ性資金を長期でアクティブ投資し、中国を含むアジアの成長を取り込み、デジタル化や長寿化等の長期トレンドを捉えスタートアップ等の成長分野への投資も積極的に行う。
昨年6月には、コロナを機に独バイオ医薬ベンチャーのビオンテックに2億5000万ドルを出資。今年5月にはビオンテックがシンガポールにメッセンジャーRNA技術に基づくワクチンの製造拠点と東南アジア地域の統括本部を設置すると発表する等、投資を通じてしたたかに国の経済戦略に繋げる様子もうかがえる。市場回復期には売却も着実に行って収益を確保しており、10年で7%、1974年からのトータルで14%の株主収益率(SINドルベース)を実現している。
官主導でありながら、2社のガバナンスは民間企業レベルとされており、独立した意思決定機能を有し、情報開示のレベルも高いことが特徴だ。シンガポール政府は20年をかけて、自国のGDPを凌駕する規模と高い運用実績を持つ今日の姿の投資機関に意志を持って育ててきた。
日本での官民ファンドの状況や、特に公的な分野での報酬に対する国民の批判を踏まえれば、シンガポールのように完全に政府が主導していくモデルが日本に馴染むかは疑問が残る。しかし、明確な目的意識、包括的で長期を見据えた段階的な戦略の実行が20年の歳月で差をつけることは明白だ。日本は次の10年でどのような戦略を立てていくのだろうか。
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