直木賞作家「サイボーグが書いた純愛物語に快哉」 相手に「忘れる」幸福を許さぬ「傲慢な愛」の本質

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『ブルース』という1冊で「俺を生んだのは、俺じゃないかという気がする」という1行を書いたことがあります。自分が自分を生んだというのは、非常に孤独な状況ですよね。

でも、ピーターさんとフランシスさんは、自分が最も欲する相手を、お互いに生み合っているから、孤独ではないのです。そこに2人でいるかぎりは、安全です。

それを、ひとことで「愛情」と言ってよいのかどうか、私にはわかりません。彼らのなかには複雑な思いもあるでしょう。

ともすれば刺し違えるぐらいの、相反する感情も愛となればあるはずですし、恋愛関係ともなれば、そこには恐怖感もあるでしょう。傍から見た形は純愛物語ですが、ご本人たちはどう思っているんでしょうね。

最後には、お互いに相手を「許し合う」ことが大事

そして、恋人たちが最後にしなければならないことは、お互いに相手を許し合うことです。それができないと、恋愛は大変なことになっていきます。

だから、この物語の最後には、ピーターさんが「ダーリンお願いだ。僕を置いていかないでくれ!」と呼びかけ、フランシスさんからの「そんな言葉、一生聞けないと思ってた……」というセリフがあるのでしょうね。

実は、このラストのセリフは、小説を書き慣れていない人が、読み手を根こそぎ持っていってしまうラッキーパンチのようなものでもあります。

私は、見えないものの答えが欲しくて書いています。その本当に言いたいことを、最後の5~6行に込めるということはありがちです。小説家としては、そこに落としてはいけないと思うので工夫するわけですが、『ネオ・ヒューマン』のラストは、ひたむきさに、してやられたという感じですね。本人が書いた実録の余裕というか。

エゴイスティックだなとは感じたけれども、非常に繊細なことを表現するのに、乱暴な道具を使っている。そうまでしてでも伝えたいことが、ピーターさんにはあったということでしょう。慰め不要、問答無用のラブストーリーです。

(構成:泉美木蘭)

桜木 紫乃 小説家、直木賞作家

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さくらぎ しの / Shino Sakuragi

北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。2007年、同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。2013年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で第149回直木三十五賞を受賞。近年の著書は『緋の河』、『家族じまい』(第15回中央公論文芸賞受賞)、『ブルース』(コミカライズ・もんでんあきこ共著)、『いつか あなたを わすれても』(オザワミカ共著)、初エッセイ集『おばんでございます』など。

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