「若草物語」次女ジョーの苦闘に描かれた深い意味 150年前「男の子になりたい」と願った少女の人生

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19世紀は「本を読む女性」が大量に出現した時代でした。背景にあるのは産業革命です。イギリスよりやや遅れて産業革命がはじまったアメリカでは、19世紀の中ごろに社会が大きく変わります。1830年代から鉄道網の敷設が進み、工業が発達して都市に人口が集中。新興の中産階級が出現します。この階層は教育に力を入れ、学校や図書館などの整備に努めます。義務教育制度が全米で整うのはもう少し後のことですが、私塾的な性格の学校が開設され、識字率が上がったことで、印刷業や出版業も興隆をきわめ、1850年代には、新聞や雑誌が大量に発行されるようになりました。

本を読む女性が増えれば、本を書きたいと考える女性が出現する。オルコット自身がそういう女性だったわけですし、ジョーもまたそういう女の子だったわけです。

父の不在がもたらした長男意識

姉妹の父親であるマーチ氏は北軍の従軍牧師として南北戦争の戦地に赴き、長く不在です。父を物語から追放したことで、『若草物語』は大きな特権を得ました。

ひとつはジョーに活躍の場を与えたことです。〈パパがお留守なんだから、私が家の男役なのよ〉とジョーはいいます。

〈パパはね、留守のあいだ私に特別お母さまのめんどうを見てあげなさいっておっしゃったんだもの〉

パパがお留守であればこそ「男役」としての彼女の個性は発揮される。このセリフに鑑みれば、ジョーの意識はマーチ家の次女ではなくて「長男」なのです。

もうひとつ特権は、お隣のローレンス家との交流が生まれたことです。

頑固者で有名なローレンス氏は貿易で財をなした資産家の老人で、孫のローリーと大邸宅で暮らしています。ローリーはジョーと同じ15歳。母はイタリア人で、ローリーもイタリア生まれですが、両親を早く亡くして、父方の祖父に引き取られたのでした。

ジョーとローリーが親しくなったのは、友人宅のパーティーがきっかけでした。2人はたちまち意気投合。やがて両家は親しくつきあいはじめます。

もしもマーチ氏が在宅だったら、これほど親しい交流はなかったと思いますよ。娘たちが男所帯の隣家を頻繁に訪れるのを父が喜んだとは思えませんし、ローレンス氏やローリーも、家長のいるマーチ家には訪問しにくかったにちがいない。

しかしマーチ家に父はおりません。女所帯のマーチ家にとって、男所帯のローレンス家は用心棒として役立つうえ、高齢のローレンス氏はいわば「男性を卒業した人」ですし、15歳のローリーはまだ「男性未満」の少年です。家長だけでなく「大人の男」も物語から注意深く排除されている。少女小説では「男の影」は概してタブーなのです。

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