なぜ「パーパス経営」が「御社」に実装できないのか 経営現場に見る3つの落とし穴とその回避策

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一方、「パーパス経営の実践上の課題は?」という問いに対しては、40%が「[3]社員への浸透が進まない」と回答。「[1]パーパスの定義が難しい」(25%)、「[2]パーパス実現のための投資ができていない」(14%)がそれに続いた。

落とし穴1 定義の勘違い

筆者が実際の経営の現場でパーパス経営を支援させていただく際にも、大きく3つの落とし穴に遭遇することが多い。そこで、以下では、実践上のこれら3つの落とし穴と、その回避策について論じることにしたい。

第1の落とし穴が、上記[1]の「パーパスの定義の勘違い」だ。これでは、そもそもの出発点で大きく躓いてしまう。

自社のホームページに、「社会課題を解決する」「持続可能な未来を創る」などといった抽象的な標語を掲げているところが少なくない。最近では、SDGs(持続可能な開発目標)の17のゴールになぞらえて、パーパスを掲げる風潮が広まっている。

もちろん、それは見当外れではない。しかし、それで本当に社員や顧客の志に火をつけることができるだろうか?

昨今見受けられるもっとも大きな勘違いは、「サステイナビリティ」を「パーパス」と取り違えてしまうことだろう。特に政府がカーボンニュートラル宣言をして以来、環境対策をパーパスに掲げるところが増えている。

しかし、再生エネルギーや環境事業を主軸としている企業以外にとって、環境課題の解決はその企業の本来の存在理由とはなりえないはずだ。企業活動そのものが環境破壊をもたらすものである以上、企業活動をやめることが最善の策となってしまう。カーボンニュートラルを実現しても、何のプラスももたらさない。

最近、イケアやマイクロソフトなど、欧米の先進企業は、カーボンネガティブ、ネットポジティブを表明し始めている。自分たちの企業活動を通じて、空気をよりきれいにするというのだ。そうすればようやく、企業として存在しても許されるレベルとなる。

とはいえ、それが自社のパーパスではありえない。その企業ならではの存在価値は、イケアであれば自分らしい暮らしの実現であり、マイクロソフトであれば異次元の生産性を実現することであるはずだ。

名和高司(なわ たかし)/一橋大学ビジネススクール国際企業戦略専攻客員教授。東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカースカラー授与)。三菱商事を経て、2010年までマッキンゼーのディレクターとして、約20年間、コンサルティングに従事。日本、アジア、アメリカなどを舞台に、多様な業界において、次世代成長戦略、全社構造改革などのプロジェクトに幅広く携わる。近著に『企業変革の教科書』『稲盛と永守』(写真:名和高司)

サステイナビリティをパーパスに掲げている日本企業の多くは、自社ならではの本質的な価値創造ストーリーを何も語れていないことになる。サステイナビリティはガバナンス同様、企業活動の基本原則でしかなく、それだけではその企業が存在しなければならない理由にはならないのである。

筆者は、パーパスの基本要件として、「ワクワク、ならでは、できる!」の3つを挙げている。社員や顧客の志に火をつけるためには、皆が思わず心を躍らせ、その企業でしか実現できないような未来をめざし、当事者がその実現を確信することが求められるからだ。

SDGsの17枚のカードは、オリンピックの競技でいえば「規定演技」にすぎない。参加することに意義はあるものの、本当の勝者となるためには、高揚感、存在感、そして、「腹落ち感」をいかに醸成できるかがカギを握る。そのためには、18枚目のカードを掲げ、「自由演技」を披露しなければならない。

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