なぜ「パーパス経営」が「御社」に実装できないのか 経営現場に見る3つの落とし穴とその回避策

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ハーバード・ビジネススクールでパーパス経営を研究しているジョージ・セラフェイム教授らは、興味深い調査結果を発表している。

それによると、経営陣がいくらパーパス経営を唱えても、企業の業績は上がらない。しかし、ミドル層の本気度と企業業績は、見事に相関するというのである。トップダウンで知られる欧米型経営においても、現場に近いミドル層の働きかけが、現場を「その気」にさせるためのカギを握るようだ。

筆者の経験では、現場力に秀でた良質な日本企業ほど、ミドルの掛け声だけでは不十分だ。現場の社員1人1人が、自分の仕事と自社のパーパスを紐づけるストーリー、すなわち「マイパーパス」を「発見」するプロセスが不可欠となる。

そのためには、「危機感」ではなく「志命感」を醸成する必要がある。危機に直面すると、そこから逃れることだけで精一杯になってしまう。一方、志命感に突き動かされると、志の実現に向けて自らの生産性を高め、創意工夫を凝らすようになる。

現場のリーダーは、異質な社員が参加する「マイパーパス」ワークショップや、社員1人1人と1on1型の対話の機会を持ち、志に火をつけることに最大の努力を払わなければならない。

稲盛和夫の成功方程式とパーパス

京セラとKDDIを創業し、JALに奇跡的な再生をもたらした稲盛和夫氏は、どの企業にも、自燃性、可燃性、不燃性の3つのタイプの社員が存在するという。経営トップが「大義」(パーパス)を掲げ、自燃性の社員がそれを自分ごと化し、それが可燃性の社員に飛び火していけば、必ずパーパス経営は実践できると語る。

社員のエンゲージメントを計測している企業は少なくない。パーパスを「自分ごと化」させることができれば、社員エンゲージメントが向上し、それが顧客エンゲージメント、すなわちブランド価値向上に直結し、企業価値が向上していくはずだ。

稲盛氏は、企業の成功方程式を《考え方×(未来進行形の)能力×情熱》と表現している。《考え方》は「志」そのものだ。《能力》は「たくみのしくみ化」によって進化するはずだ。そして、《情熱》は、1人1人の社員がパーパスを「自分ごと化」することで実装できる。

稲盛氏は、志本経営の第一人者である。その稲盛氏が提唱する成功の方程式の3項目こそが、パーパス経営のカギを握る。日本企業の多くが、この3点に留意して志本経営を実践することで、資本主義の先の未来を切り開いていくことを心から期待したい。

名和 高司 京都先端科学大学教授

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なわ・たかし / Takashi Nawa

東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカースカラー授与)。三菱商事を経て、2010年までマッキンゼーのディレクターとして、約20年間、コンサルティングに従事。日本、アジア、アメリカなどを舞台に、多様な業界において、次世代成長戦略、全社構造改革などのプロジェクトに幅広く携わる。ファーストリテイリング、味の素、 SOMPOホールディングスなどの社外取締役、アクセンチュア、インターブランドなどのシニアアドバイザーを兼任。近著に『企業変革の教科書』(東洋経済新報社)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)、『パーパス経営』(東洋経済新報社)がある。

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