軽すぎる?池袋暴走事故「禁錮7年求刑」の妥当性 自動車による死傷事故の法的な考え方を解説

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今回、検察官が被告人を「禁錮7年」にするよう「求刑」したことが話題になっている。検察官の「求刑」とは、刑事公判の審理の最後に検察官が行う事実および法律の適用についての最終意見陳述(論告)の中で「被告人を懲役○年に処するのを相当とする」などと具体的な刑の重さについても意見することをいう。

法律上、「求刑」はあくまでも検察官の“意見”にすぎないことから、裁判所は、求刑に拘束されることはなく、実際にも、求刑を上回る刑が宣告される例もしばしばある。

今回の事件では、2人の尊い命が理不尽な事故のために奪われたのに「禁錮7年」では軽すぎるといった意見もみられる。

しかし、禁錮7年は、自動車運転過失致死罪で科すことができる禁錮刑の上限であり、7年より長い禁錮刑を科すことはできない。そもそも自動車運転過失致死罪が創設される前は、刑法上の業務上過失致死傷罪が適用されていたのであるが、業務上過失致死傷罪の最高刑は5年の懲役または禁錮である。禁錮7年という刑罰は決して軽いとはいえない。

ちなみに、懲役刑と禁錮刑は、どちらも一定期間刑務所に強制的に収容する刑罰であるが、懲役刑は受刑者に強制的に作業に従事させることも内容とする点で禁錮刑とは区別されている(もっとも禁錮刑の受刑者も希望すれば刑務作業を行うことができ、実際には多くの禁錮刑受刑者は刑務作業をしているといわれている)。一般に、交通事件などの過失犯の場合は禁錮刑が選択されることが多い。

刑事裁判、刑罰による解決には限界がある

自動車による交通事故は、自動車が社会において存在する限り、ほぼ不可避的に生じる不幸な出来事である。今回の件についてみても、仮に検察官が主張するとおりのアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故だったとして、運転手である被告人を罰することで交通事故が抱えている真の問題が解決するのかは正直疑問である。交通事故という場面に限ってみても、刑事裁判、刑罰による解決には自ずから限界があるということは強調しておきたい。

同様の事故は、ほかにも複数起きているし、このような事故を防止する観点から、自動車の構造に問題がなかったか検証することも重要である。高齢ドライバーの能力低下による事故だったと考えても、考えるべきは事故を起こした運転手を厳罰に処することではないはずだ。しかも本件は、被告人と弁護人は、アクセルとブレーキを踏み間違えてはおらず、自動車の電気系統の異常によるブレーキの故障の可能性を主張している。

生じてしまった「結果」だけをみれば、運転手に厳罰を求めたくなるのもわからなくはないが、「結果」を生じさせたこと、そしてその「結果」の重さだけを根拠に運転手を処罰し、厳罰にすることを認めることは、責任主義という刑法の基本的な考え方とも相容れない。

被告人に過失があったかどうか、犯罪の成立が認められるかどうかは、最終的には裁判所が判断することであり現時点で断定的なことをいうことはできない。だが、刑事裁判をみるにあたっては、どのような考えのもとに制度が存在し、運用されているのかといった点について留意したうえで慎重に評価、論評することが重要だろう。

戸舘 圭之 弁護士

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とだて よしゆき / Yoshiyuki Todate
弁護士(第二東京弁護士会所属)。「ブラック企業」問題に取り組む弁護士が結集したブラック企業被害対策弁護団の副代表をつとめるなど労働事件に積極的に取り組んでいる。その他、民事事件、家事事件など一般事件を広く手掛ける傍ら著名な冤罪事件「袴田事件」の弁護人としても活動するなど刑事事件にも力を入れている。戸舘圭之法律事務所(http://www.todatelaw.jp/
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