軽すぎる?池袋暴走事故「禁錮7年求刑」の妥当性 自動車による死傷事故の法的な考え方を解説

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その後、科学技術の発展により「わざと」ではなくても人の身体、生命に危険を生じさせる行為が増え、わざとではなくても、「不注意」すなわち「過失」があった場合にも犯罪として刑罰を科されるようになった。自動車の運転行為についても過失によって人に死傷結果を生じさせた場合を犯罪として処罰するようになった。

常識的にも、わざとやった場合(故意犯)とわざとではない場合(過失犯)、非難の強さ、程度は、前者のほうが重く、後者は軽い、ということは容易にわかるとおり、法律上も、故意犯と過失犯の場合の責任の重さは異なるものと考えられている。

6割以上は在宅事件として捜査が行われている

今回、被告人が、逮捕、勾留されなかったことから、そのことをとらえて批判をしている意見も散見された。しかし、実務上、このような場合につねに逮捕、勾留されているわけではなく、とりわけ運転をしていた被告人自身も負傷し入院治療している場合に逮捕、勾留しないことはごくごく通常のことであり、被告人が特別扱いされていたわけではまったくない。

統計上、警察などの捜査機関において刑事事件として立件された被疑者のうち逮捕された者の割合は、3~4割程度であり6割以上の事件は逮捕されずに在宅事件として捜査が行われており、現実の数字のうえからも逮捕、勾留が当たり前とはいえないのだ。

逮捕や勾留は、制裁のための制度ではなく、あくまでも刑事責任を問うための手続きとして、逃亡や証拠隠滅の危険がある場合に例外的に認められている処分だ。制裁としての刑罰は、刑事裁判によって「有罪」であるとされた後に科せられるものであり、それまでは、被疑者、被告人は「無罪」と推定される(無罪推定法理)。

この考え方からすれば、犯罪の疑いがあったとしても逮捕や勾留をされないのが原則であり、逮捕や勾留は例外的な場合にのみ認められることになる(身体不拘束の原則)。

このように法律の建前は身体不拘束が原則であり、実際にも、前述のとおり、6割以上の刑事事件が在宅事件として捜査をされているのであるが、弁護活動に取り組んでいる弁護士らからは、この原則が形骸化し、本来であれば逮捕、勾留しなくてもいいケースについても逮捕、勾留がされているのではないかという指摘が根強くある。

筆者自身も、刑事弁護人として活動する中で逃亡の危険もなく、証拠隠滅の危険もない被疑者についても、安易に逮捕、勾留がなされ、なかなか釈放されない現実を数多く経験している。

逮捕や勾留は、裁判所が要件を充足するか厳格に審査の上、令状と呼ばれるものを発付して行われるのが建前である(令状主義と呼ばれる憲法上の原則である)。

このような刑事司法のあり方は「人質司法」と呼ばれて国内だけでなく国際的にも批判の的となっているのが現実である。

人質司法であるなどと批判される逮捕、勾留の現実を考えれば、なおさら、今回の件で重大な死亡事故を起こしたにもかかわらず逮捕、勾留がされなかったことはおかしいのではないか、「特別扱いではないのか」と疑問に思う人もいるかもしれない。

しかし、筆者は必ずしもそうではないと考える。逮捕や勾留は、犯罪の捜査をするにあたって逃亡や証拠隠滅の危険がある場合に認められるものである。

今回の件は、事故を起こした運転者が高齢(事故当時87歳)で事故により負傷し入院をしていたことを考えれば、逃亡をすることは想定しがたく、証拠を隠滅することも不可能であることを考えれば、前述のように「人質司法」などと批判されることの多い現状の逮捕、勾留の実務を前提としても、逮捕せずに捜査を進めたことは、このような場合にみられる一般的な取り扱いだったと思われる。

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