江戸幕府の崩壊招いた「災害連鎖」対応に学ぶ教訓 現代にも通じる先人の危機管理体制の実態

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1783年に起こった浅間山の噴火は、噴き上げられた火山灰などの影響で日射量の減少を引き起こして冷害が広がり、それが天明の飢饉につながった(写真:akihiro.T/PIXTA)
江戸時代の幕藩体制が崩壊した大きな要因の1つに災害があった――。そう分析するのが歴史学者の藤田達生氏だ。藩の誕生とともに本格的に地域社会の基盤が築かれ、それが成長したが、崩壊の引き金となったのが天明年間(1781~1789)以降の「災害連鎖」だという。その詳細について、新著『災害とたたかう大名たち』を上梓した藤田氏が解説する。

収公と下賜で成り立っていた幕藩体制

幕藩体制とは、国土領有権を預かった天下人(将軍)が、領地宛行状と知行方目録によって領地・領民・城郭を藩主に預けるという預治思想に依拠したものだ。藩主は、預かった領民を保護する義務があった。

ただ幕藩体制は、つねにヒト・モノ・カネを循環させねば成り立たない構造を本来的にもっていた。江戸と国許(くにもと)の参勤交代は、1年おきに将軍と諸大名との主従関係を確認する儀式だったが、そこでもたらされるさまざまな情報が、各藩の統治に与える影響力は大きかった。列島規模で、政治の質を規定したのである。

それに加えて、大名の国替や江戸における拝領屋敷替、国許における家臣団の屋敷替、これらが収公(幕府が土地などを没収すること)と下賜(幕府が土地などを与えること)を通じて健全におこなわれる間は、預治思想が機能していたといえよう。

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