「賃貸vs購入」に決着?帰属家賃で考えるお得感 金利が低い今は「買うのが得」と思われがちだが
つまり、よくいわれる家を持つことで失われる自由とは、ローンのために仕事をやめられなくなることではない(それは家賃も一緒だ)。「移動の自由」あるいは「避難の自由」といった、賃貸物件の借主ならば、誰もが当然にもつ自由のことをいう。ただし、これらの自由は、持ち家の所有者がもつ「自宅を好きなように改装できる自由」などとは、トレードオフの関係になっている。
さらに、店子が35年の“家賃”を払い終えたとしよう。すると、大家も同時にローン完済となる。そのうえで、店子の住居費は翌月から0円になるが、それでも店子は家を出ていかなくていい。
これこそが家を買うことの最大のメリットだ。老後の安心の確保であり、よくいわれる「資産が残る」ということの具体的な効果にほかならない。
ローンを返し終わっても…
しかしながら、この場合でも、大家である自分は大家の責務からは逃れられない。たとえ、「今後は一生家賃0円」の永久ボーナスに浮かれているふざけた(?)店子でも、大家は、彼を安心かつ安全に、そこに住まわせ続けてやらなければならない。
一方で、肝心の家の方は、その頃になればいよいよ老朽化してきたりもする。運が悪ければ、あちこち故障も出始める。すると、大家は、やはりこれまでどおり必死でそれを直し続けることになる。そうしなければ、店子である自分自身がそこに住めなくなるからだ。
以上、帰属家賃の考え方を実際の家の「借りる・買う」に応用し、少し漫画チックにまとめてみた。
触れたとおり、経済統計上の便宜として用いられるこの概念だが、人が家に住むということの本質をあぶり出してくれる、格好のベースになると私は思っている。そのうえで、さきほどは「家を持つことを人生成功のシグナルフラッグとして心に捉えている、おそらく多数派であろう日本人」と、述べた。
しかし、近年、そうしたわれわれの想いは、実はかなり揺らいでいるはずだ。ITテクノロジーの進展による人々の働き方の変化や、年々不確実性を増す気象環境の様子なども相まって、家は買うべきか、それとも長期・短期を織り交ぜての多様なかたちで借り続けるべきか? 本気で悩む人も、いまは増えてきていることだろう。
そうした人々にとって、今回、この記事に述べたような根本論的な話というのは、家と人生を考えるにおいて、とてもよい支点、もしくは始点となるのに違いない。
(執筆:朝倉 継道、コミュニティみらい研究所代表)
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