豊田アナ「私が鬼教官と呼ばれる道を選んだ理由」 アナウンサーが新人研修担当者になった経緯

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一定の年齢になると独立するアナウンサーも多い中、豊田アナが日本テレビを辞めない理由とは(写真:PIXTA)
日本テレビ放送網勤続30年、アナウンサー一筋で、最近は新人アナウンサーを鍛える「鬼教官」としても視聴者から人気を集める豊田順子氏。かつて女子アナウンサーは30歳を過ぎたら新規レギュラーが減るのは当たり前だったと言いますが、こうした中、豊田氏がフリーという道を選ばず、会社員を続けたのはなぜでしょうか。今回は、同氏の初著書『辞めない選択』から、豊田氏がいかにしてアナウンサーの道を極めながら、新人研修担当という新たなキャリアを模索してきたのか紹介します。

悩みの先に見えてきた新人研修

私が20代の頃、例えば『スポーツうるぐす』に出演している姿を見たことがある方が、この女性アナウンサーが将来「鬼教官」と呼ばれることになるとは、思いもよらなかったと思います。私自身も全く想像していませんでした。

若い頃から私に、少しでも「鬼」の気配が醸し出されていたとするなら、後の『鬼滅の刃』ブームを考えると、それはそれで良かったということになるのでしょうか? いや、やっぱり怖いですよね……。

2015年に『1億人の大質問⁉ 笑ってコラえて!』で、同年入社、アナウンス部に配属された新入社員達が研修を受ける様子が放送されました。映像はドキュメンタリータッチになっていましたが、バラエティ番組の枠内でのオンエアですので、面白さを強調するための演出・編集がある程度施されています。

研修教官を務めるキャリア25年のベテランアナウンサーとして登場した私の言動は、編集によってより厳しさ、怖さが強調されていました。キャラクターとしては、鬼教官であり、新人がデビューできるかどうかの最終関門に待ちかまえる「ラスボス」という感じでしょうか。

私はこの映像用に研修教官を「役」で演じたわけではありません。実際に私は2000年代前半から日本テレビの新人研修・人材育成に関わるようになり、今も担当しています。厳しく新人や後輩達にアナウンサーの心構え、必要な知識や技術をレクチャーし続けています(本人は優しく教えているつもりですが……)。その点はリアルなドキュメンタリーです。

私にとって新人研修・人材育成は、とても大切な仕事なのです。視聴者の方には、番組に出ていない時のアナウンサーが何をやっているのか、その実態が伝わる機会は少ないと思います。

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