まずは「正しいことは言わない」と決めた
「最初にファンドから来て、海外事業担当としてオーストラリアに行ったとき、『こいつに何ができるのか』的な敵対ムードはとても感じました。だから、まずはとにかく飲みましたね(笑)。テキーラを40杯飲んで、一緒にいた現地のマネジメント層やスタッフを全員つぶしたときに、『こいつ、やるな』と信用されるようになりました」
迫さんは、最初は現場を回りながら、ビジネスを通してだけでなく、人として信頼関係を作ることに集中していたと語ります。そのために、仕事の後に現場の人たちととにかく食事や飲みに行き、コミュニケーション量を増やしました。ただ単に増やすだけではなく、意識していたことがあります。
「いきなり外から現場に来て、正しいことを言うのはやめようって決めました。この会社で30年以上も働いている人がいるのです。まずは現場の人が求めていることを、とにかくひとつでもかなえようと思ったのです」
一般的には、外からマネジメント人員として入社した場合、まず初めに会社の理念や事業の分析を行って、会社が「あるべき姿」を想像します。そして、現場を回りながら、その「あるべき姿」とのズレを理解しようとするはずです。大抵、このときに現場の「あるべき姿」と「現状」に大きな乖離があることに気づき、この乖離を是正しようとするでしょう。迫さんが現場を回ったときも、各店舗で清掃やサービスのレベルで、「あるべき姿」から離れた問題をいろいろ見つけました。
しかし、迫さんはここで問題点を指摘するのをグッとこらえて、とにかく現場のスタッフのリクエストに一つひとつ、耳を傾けていきました。すると、現場のスタッフから、「こののり、職人として許せないです」「このユニフォーム、使い勝手が悪いです」と、さまざまなリクエストを直接、聞くようになりました。迫さんは、これらのリクエストにすぐに応えていき、現場との距離を縮めていったのです。
現場がマネジメント層にいちばん求めているのは、スピード感を持って現場のリクエストに応えてくれることです。迫さんは、アクションを持って、自分は現場の味方だと証明していきました。
現場にビジネスの原石は転がっている
こうして、200店舗を超える店舗を回り、現場の声に耳を傾けていると、新しい出会いがあります。2014年1月に三田赤羽橋店に行ったとき、店舗スタッフとしていちばん下のポジションで働いていた、長嶺素義さんと出会いました。
「長嶺さんは入社して4~5年経っていたのですが、靴修理の速さが評価軸の中では、まったく評価をされていませんでした。しかし、店を回ってみると、現場で工夫している人が多い中で、長嶺さんがしていたことは、修理の速さを大きく上回る特別なサービスでした。お客様から預かった靴の修理サービスが終わった後、自分で用意した磨きクリームや道具を使って、きれいに磨いてからお戻ししていたのです。もちろん、自分の判断で、お客様には無料でしていました」
迫さんは店舗で長嶺さんのこのサービスを見て、そしてお客様が喜んでくださっていると聞いて、これは間違いなくビジネスになると考え、その場で新サービスとして各店に展開しようと即決しました。
これが現在、ミスターミニットで展開している、5分で靴を磨く「クイック靴磨き(税抜500円)」と、トレーニングを受けた職人が最高級クリームを使って靴を磨く「プレミアム靴磨き(税抜1000円)」です。サービスを始めてから数カ月しか経過していないにもかかわらず、「クイック靴磨き」は月間利用者が3万人を超えるまでに成長。また「プレミアム靴磨き」は58店舗で展開し、店によっては靴磨きの半数以上を占めるまでになっています。
たったひとりのスタッフが行っていた自主的なサービスが、それもたった1回の出会いが、大きなビジネスにつながる。それが現場の可能性なのです。
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