よって台湾有事をめぐる日本の曖昧な立場は、抑止戦略のもとに維持されてきたものではなく、米中の対立と国内での政治的分断を同時に乗り切るための、妥協の産物だったように見受けられる。少なくても、その戦略的裏付けについて国民的な議論はされてこなかった。
ただ、そのような日本の曖昧性は、台湾有事の蓋然性が低い時代には非常に合理的なものだった。アメリカの圧倒的な軍事的優位性が保たれ、実際に台湾海峡での武力紛争が想定されない以上は、日本が曖昧な立場をとっても対中抑止は揺るがなかったし、国際的な批判は免れ、日本国民も安心させることができた。
だからこそ1969年の日米首脳共同声明で「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素である」という台湾条項が発表された際、佐藤栄作首相は記者会見で「幸いにして」台湾有事のような「事態は予見されない」と付け加えた。前述の1972年政府見解でも「この問題が武力紛争に発展する現実の可能性はないと考えて」いると言い切り、第3次台湾海峡危機後の翌年に橋本龍太郎首相が訪中した際も同様の見解を繰り返した。(橋本龍太郎「新時代の日中関係―対話と協力の新たな発展」(中国・北京、1997年9月5日)
対中抑止戦略から考える台湾有事への政策を
しかし米中パワーバランスが変化し台湾有事の蓋然性が相対的に高まる今日、日本は従来の曖昧性を再検討し、対中抑止という観点から台湾有事への対応を検討・準備し、対内的に議論、対外的に発信する時期に来ている。
まず台湾有事と一言にいってもそのシナリオによって日本の自衛隊の活動範囲や内容はおのずと変わってくるため、想定されうるシナリオごとに外交、軍事、経済面それぞれで対応できるよう粛々と準備を行う必要がある。
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