アートが社会の「分断」の壁を壊す為に必要な視点 「ねばならない」足かせを外し、人を動かす
国谷:先生方にインタビューをさせていただくと、若い頃に苦労された⽅も多くいらっしゃいます。非常に貧しかったけれど仲間たちといろんなトライアルをしてだんだん自分の道を切り開いていったっていう方もいらっしゃるので、もしかしたらその苦しいことが芸術家にとっては当たり前というか、「俺たちだってみんな明日はどうなるかわからない中でがむしゃらに切り開いてきたんだ」という思いを持っている方も少なくないと思いますが。
箭内:それはわかりますね。実際に、「苦労が肥やしになる」という部分もあって、芸術とともにそういうことを乗り越えていくことは、絶対にアーティストの表現にすごい力を与えているはずです。
ただ今回は、それ以上に若手芸術家たちから、もう続けることができないとか、経済的に限界であるという声が多く集まっている。そういうさまざまな人たちの「今を救う」という部分と、これからの新しい日常の中で「東京藝大が何を用意するのか」という部分をスタートさせるためにも必要なプロジェクトだとは強く思いますね。
国谷:そうですね。⾃分たちが作った、創造したものを表現する場がなくなるっていうのは⼀番⾟いことではないかと思います。今おっしゃったようにそういう中で藝⼤が⽤意するものの1つとして、集めた資⾦で新しい表現の場を模索することを始めています。財政的にも⼤学として豊かではない中で、幅広く⽀えてもらいながら、新しい表現の場を作っていくことにチャレンジをしようとしているわけです。
箭内:お金が集まることももちろん大事なんですけど、気持ちが集まるというか、思いが重なるというか、多分それが1つ未来への大きな力になると思います。この基金を、「そんなのやってたの? 知らなかった。もう7月で終わっちゃった」みたいなことになるのだけはもったいない。
今日もずっと、広告とかメディアに関わる仕事をしている同級生たちに片っ端から電話していました。芸術に対する、自分たちの後輩たちに対する、あとは学校に対する思いですよね。
藝大出身者はいい意味で「個」が確立している
国谷:藝⼤は、卒業したらあまり⼤学への思いがない、というふうに言われる方もいますが。
箭内:そんなことないですよ。鼻にかけるのは良くないですけど、やっぱり誇りには思っていると思いますよ、みんな。
国谷:卒業生のネットワークが強固な他の大学と比べると、ネットワーク自体が希薄なので、こういった場面になると、個人の力と個人のネットワークに頼るしかないですよね。
箭内:本当に、いい意味で「個」が確立している。「個」を確立させるための大学ですから、群れがちではないですよね。だからこそ、若くて本当の意味で孤立してしまっている芸術家たちに、支援が必要な時なんだろうなって思います。
国谷:そうですね。いちばん⼼配しているのは、だんだん藝大の志望者が減ってきているということです。苦しい社会状況の中で芸術を勉強しても生活していけないのではと親御さんが思ってしまったり、あるいは本⼈も、将来が不安になり受験しなくなる。そうなれば⽇本のクリエイティブの層が薄くなってしまいそうで残念です。藝⼤にとってもチャレンジする⽅々がたくさんいないと、この切磋琢磨する雰囲気は維持されないですよね。