そして何より、最大の理由は、
ということです。まっとうで、良識や共感力のある人たちに限って、手を上げたがりません。
例えば、優秀な女性たちはたくさんいるのに、遠慮して、声も手も上げない、挙げられない。「能力>自信」という人たちがあまり浮かばれないシステムになっているのです。
「とにかくきっちり自分の考えを主張し、手を上げて発言すること」がデフォルトである欧米型の教育と、「答えを知っていても手を上げない」日本型の教育。
つまり、海外では、「玉石混交ではあるものの誰もが手を上げやすい」一方で、日本では「他者愛よりも自己愛」という恥知らず、目立ちたがり屋の「承認欲求モンスター」ばかりが手を上げ、選ばれやすいというわけです。
「能力のある謙虚な人でも声を上げやすくするリーダーシップ教育」「自信を醸成するコミュニケーション教育」を日本にも一刻も早く根付かせる必要があるでしょう。
リーダーは「国民や社員と向き合う気概を持つ」こと
「もはや、日本は先進国ではないのではないか」。最近、周囲から、こんな自信を喪失した声がよく聞こえてきます。
今のリーダーシップに落胆しても、ほかに選択肢もない絶望。実際、リーダーの家庭教師として10年以上のキャリアを積んできましたが、コミュニケーションを含めて、「リーダーに必要なスキルをつねに謙虚に学び続けよう」という人は圧倒的に少ないのが実情です。
リーダーになってしまえば、学ぶものはないと、慢心する。そうした人々をリーダーにしてしまったのはわれわれ1人ひとりですから、すべてを彼らの責任に押し付けるわけにはいきません。
しかし、まずは、リーダーと言われる人たちはゼロから、謙虚に学び、伝える努力、国民や社員と向き合う気概を持つ必要があるでしょう。
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