元技術者の異端シェフが危機で見せた大胆行動 電子部品会社から転身して三つ星獲得の凄腕
──米田さんのレストラン「HAJIME」は、初期にはあまりキャンセルが出なかったため、飲食業界を襲った異常事態に気づくのが遅れたそうですね。矢面に立つことでデメリットも考えられますし、実際に心ない言葉を見かけることもありました。「HAJIME」には、常連のお客様もいらっしゃいますし、例えば内々でこっそりクラウドファンディングをお願いするだけでも、「HAJIME」が潰れるなんてことはなさそうです。それなのに、どうしてリスクを引き受けたのでしょうか。
米田:そうですね。実際のところ、現在の収益は損益分岐点の50%くらいです。つまり毎月赤字を累積しているわけですが、これまで健全な経営を心がけてきましたので、税理士によると、あと3年くらいはこのまま維持できそうです。でも、「HAJIME」だけ大丈夫だから、じゃあのんびりしていようなどという気には到底なりませんでした。
自分には何ができるのか。そう考えたときに、思いあたったのが署名活動です。僕はFacebookを中心によく発信していますから、上の世代よりはうまくSNSを使いこなしています。以前より下の世代からメッセンジャーを通じて悩み相談を受けていたこともあり、上と下をつなぐ中継点のような役割を果たせると思いました。
また、以前より大阪府の感染症委員会に有識者として参加していたことから、この緊急事態においては、政治への働きかけも必要だと感じていました。そんなとき、フランスの友人から、アラン・デュカスが署名活動をして大統領を動かしたと聞いたのです。さっそく友人に詳細を聞き(編集注:米田さんはフランス語が堪能)、署名活動の準備に取り組みました。
そうは言っても、不安もありました。行動を起こした日は、朝食をとった後、「僕がやる、僕がやるんだ」と、5回も6回も言い聞かせて、自分を奮い立たせました(笑)。
レストランはさまざまな業界をつなぐ中心点
──米田さんたちの活動と発信により、レストランは単に1軒のお店があるのではなく、生産者から食べ手まで、さまざまな役割を持つたくさんの人をつなぐ文化の集積地だという認識が広まりました。生産者を消費者が直接サポートするサービスなども多く生まれています。
米田:一緒に働いているスタッフの雇用を守ること、食材を届けてくれる生産者を守ることは、僕たちにとって最優先するべき使命でした。レストランで使われるはずだった、通常なら出回らない高品質な肉や魚、野菜を、リーズナブルな価格で消費者のみなさんが買うことができるサービスの登場も、ありがたかったし、それで救われた方もたくさんいらっしゃると思います。
ただ、現在は環境保護も問題になっているわけですし、例えば魚を獲り続けて安く売るのではなく、海を休ませて水産資源の回復に充てるという考え方もあったのではないでしょうか。休業と補償がセットになれば、漁師さんも無理して漁をせず、必要な分だけ獲ることができるのです。
また、少数・希少品種の作物を栽培する農家さんなど、レストランがクローズしているからといって一般流通には乗せられず、困っている方もたくさんいらっしゃいます。