「プレスリー」「ビートルズ」は結局何が凄いのか 伝説のアーティストの原点と若者熱狂の背景
大人たちの反感を買ったエルヴィス・プレスリー
19世紀、白人たちの間ではミンストレル・ショーという、黒人の真似をして嘲笑する大衆芸能が人気を博しました。そこから100年以上の時を経た1950年代、ラジオで流れるようになった黒人音楽はR&Bと称されて人気を集め、R&Bを真似る白人も現れています。ただ白人たちが演奏する曲は、R&Bを漂白したような、黒人から見ると非常にあいまいなものでした。
そんななかで、白人でありながら黒人のワイルドな部分をストレートに表現したのが、エルヴィス・プレスリーです。
プレスリーはアメリカ南部のメンフィスで育ったため、黒人たちのコミュニティが身近にあり、音楽もファッションも黒人文化にどっぷりと浸かって過ごしました。現代においても、若者たちを中心にヒップホップをはじめとするアフリカン・アメリカンのスタイルに影響を受けている人はたくさんいますが、プレスリーは、その”大先輩”といっていいでしょう。
テレビ番組『ミルトン・バール・ショー』に出演したとき、プレスリーは「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」の最後を本来の半分の速度で歌いました。半分にするとブルースのリズムになるのですが、当時それをテレビで放送するというのはあり得ないこと。彼のパフォーマンスは、音楽的な部分だけでなく、R&Bのセクシャルな部分もメインストリームの場所で表現します。曲に合わせて腕を振り、腰を回したり、前に突き出したりする行為は、あまりにみだらで下品だと、大人たちの反感を買いました。
プレスリーは「ロックンロール」のスターとして若者たちに熱狂的に迎えられます。「ロック」も「ロール」も、元はセックスやダンスを意味する黒人英語のスラングですが、プレスリーの登場によって、白人たちが演奏するR&Bも「ロックンロール」と称されるようになり、ジャンル名として定着します。
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