車上生活を描く映画が「日本人の未来」を映す訳 「ノマドランド」の根源的かつ明快なメッセージ

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しかもこの悲惨な状況が大局的には改善される見通しはほぼない。だからこそ自分たちの人生と尊厳を守るため、独自に新しい潮流を生み出すことを迫られたのである。必要に駆られて編み出された生存戦略なのだ。しかしながら、それが排除された者たちが選びうるオルタナティブとして、強烈な魅力と訴求力を持ち始めているのもまた事実といえる。

原作者のブルーダーは、ノマドの先駆者でオピニオンリーダーの1人であるボブ・ウェルズの意味深な言葉を引用している。

ボブの予想では、アメリカでは将来、経済的、環境的大変動が日常的になる。だからボブは、ノマド的生活を、社会が安定を取り戻すまで乗り切り、時期が来ればまた一般社会に戻るための、その場しのぎの解決策とは考えていない。むしろ彼が目指しているのは、壊れつつある社会秩序の外で(さらにはそれを超越したところで)生きられる、さまよえるトライブを生み出すこと。つまり、車輪の上のパラレルワールドをつくることなのだ。(前掲書)

同胞やネットワークが必要不可欠

原作においても映画においても繰り返し言及、描写されているのは、ボブが述べている「さまよえるトライブ」の存在の重要性だ。過酷な社会環境において生き残っていくためには、さまざまなスキルや知恵を共有し、時に助け合うことができる同胞やネットワークが必要不可欠なのである。

ノマドたちは、安全な宿泊場所の見つけ方(ステルス・パーキング術)、警察の訪問を避ける方法(地元の警察との付き合い方)、即席のタイヤ修理法などといったサバイバルの方法を新参者に伝授し、有益な情報の発信を積極的に行い、離散していながらも緩やかな連帯を保つ。あたかも1つの部族のように。

そして、それは単に生き延びていくためのネットワークに収まることなく、前述のような新しい時代にふさわしい価値の創出へと向かうのである。「そこには同じ境遇にいる者ならではの理解と一体感がある。だれかのトラックが壊れたら、彼らは帽子を回して寄付を募る。何か大きなことが始まりそうだ、という思いが伝染してゆく」(同上)。

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