アメリカは本当に「反グローバル化」に向かうか

新しい保守主義の潮流「ハゾニー主義」を探る

柴山:この点について、ハゾニーは第1次世界大戦と第2次世界大戦を比較し、ナショナリズムの評価が下がった理由を説明しています。第1次世界大戦の前まで、知識人たちは基本的にナショナリストで、彼らが国民国家形成の先頭に立っていた。日本も例外ではなく、戦前の日本のエリートたちはみなナショナリストでした。

しかし、第2次世界大戦では、ナチスのホロコーストをはじめ大変な事態が起こりました。それは人類の心に深い傷を残し、ネイションに対する異常なまでの警戒心をもたらしました。「贖罪意識」と言ってもいいと思います。そのため、20世紀後半になってグローバル化の波が来たとき、ネイションは防波堤として機能しなかったのです。

これに対して、ハゾニーがこれほどネイションの重要性を訴えることができるのは、彼がネイションの精神的支柱を旧約聖書に見出しているからです。『ナショナリズムの美徳』には、旧約聖書の中に独立したネイションを基盤にすべきだという考え方があらわれていると記されています。ユダヤ人のハゾニーがネイションの基礎を旧約聖書に置くのは、日本人がネイションの基礎を天皇に置くようなものです。ハゾニーが日本人だったら、間違いなく天皇主義者になっていたでしょう。

しかし、ここまで確信をもって旧約聖書の世界観を信じられる人は少ないと思います。ハゾニーの議論がアメリカ全体の共感を呼ぶとは思えません。ネイションの価値を再確認するには、もう少し別の何かがいるように思います。

原爆投下は「世の終わり」と呼ばれた

佐藤 健志(さとう けんじ)/評論家、作家。1966年、東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞。1990年代以来、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)をはじめ著書・訳書多数。またオンライン講座に『痛快! 戦後ニッポンの正体』(経営科学出版)、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』(同)がある(写真:佐藤健志)

佐藤:ナショナリズムのイメージが失墜した契機として、ハゾニーがもっぱらホロコーストをあげるのは、彼がイスラエルに住むユダヤ人であることを思えば納得がゆきます。

むろん、ナチスがユダヤ民族を丸ごと抹殺しようとしたことの重大さは看過しがたい。ただしすべてをヒトラーのせいにするのは、私に言わせれば過大評価です。

むしろ決定的だったのは、核兵器の出現ではないか。ハゾニーは国民国家が互いに尊重、ないし牽制しあう国際秩序(実際には同じこと)を最善と見なしますが、当の秩序は戦争によってしばしば脅かされてきた。

まして核保有国同士が正面からぶつかったら、国際秩序どころか人類そのものの存続が危うい。「もはやナショナリズムを抑え込まねばならない、グローバルな政治主権が必要だ」という話になるのは当然の帰結でしょう。

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