「ナショナリズム」が「自由と民主主義」を守る訳 不寛容なリベラリズム、多様性を尊ぶ国民国家

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では、リベラリズムを誤って「政治秩序の哲学」に適用すると、どうなるか。それは、帝国主義を支えるイデオロギーとなる。この点こそ、本書でハゾニーが最も強調する主張である。

詳しくは本書を味読してもらいたいが、簡単に解説すると、リベラリズムに基づいて政治秩序を構築しようとするプロジェクトは、その善意に基づく動機にもかかわらず、帝国主義を正当化するものとなる。

それは、リベラリズムの教義に基づく均質な世界秩序を夢想しており、その理想の世界を実現するために、独自の文化伝統をもつ国家を強制的に排除してよいと考えるからである。リベラリズムとは、寛容の精神を称揚していながら、実のところ、不寛容のイデオロギーなのだ。

逆に、国民国家の独立が担保される世界では、各国民国家の独自の文化伝統や価値観が尊重され、世界の多様性が確保される。多様性に対して寛容な世界こそが、真の意味でリベラルだと言うべきであろう。

「地政学的大変動下」にある現代日本人必読の書

さて、以上のようなハゾニーの議論は、彼のシオニズムに固有の思想によるものではなく、普遍性を有する政治哲学たりうることは、冒頭に述べたとおりである。にもかかわらず、やはり、イスラエル人という出自と無関係ではないのは、彼の視線が「政治秩序」、なかんずく、結束し独立した国民国家に注がれているということである。

『富国と強兵:地政経済学序説』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら

ユダヤ人は、国民国家というものを望んでも持ちえないまま、迫害されてきた長い歴史を持つ。そして、イスラエルは、つねに極度の地政学的な緊張のなかに置かれている国家である。それゆえ、イスラエル人は、結束し独立した国民国家というものの重要性にきわめて鋭敏にならざるをえないのであろう。

この鋭敏さは、戦後、軍隊を持たず、自国の安全保障をアメリカに委ね、繁栄を謳歌してきた日本人には決定的に欠けているものだ。

戦後日本は、アメリカの庇護の下にあって、「政治秩序の哲学」について深く考える必要もなく、リベラリズムやグローバリズムの夢想をむさぼるという贅沢を享受することができた。要するに、世界の現実を知らずに過ごせていたのである。

だが、拙著『富国と強兵─地政経済学序説』でも論じたとおり、そういう時代は終わった。アメリカの衰退と中国の台頭という地政学的大変動によって、もはや日本は、自国の安全保障をアメリカに委ねることができなくなった。

われわれは、「政治秩序の哲学」が必須となる厳しい世界を生きなければならなくなったのである。

だから、本書は現代日本人にとって必読だと言ったのだ。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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