「アキレス腱」語源の英雄が絶命した悲しき理由 足首以外は不死身だったトロイア戦争の立役者

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さて、木馬作戦という抜群のアイデアを思い付いたオデュッセウスであるが、賢者と知られる彼も、トロイア戦争後の帰宅にはひどく苦労した。海神ポセイドンを怒らせるようなことをして呪いを受け、10年間も海を放浪しなければならなかったのだ。

彼の流浪を歌ったホメロスの叙事詩を『オデュッセイア』という。英語で書けばOdysseyとなり、日本語ではしばしばオデッセイと書かれる。波乱万丈の苦難の旅を意味する言葉だ。そこから知的探究に挑む冒険的な道行きもOdysseyと呼ばれる。

有名なSF映画『2001年宇宙の旅』の原題は2001:A Space Odysseyだ。宇宙旅行であるから飽きるほど長い旅だという意味でもあるだろうが、宇宙船の船長がモノリスの作用で異次元空間に入り、輪廻転生して赤ん坊スター・チャイルドになるという、とんでもない知的・霊的冒険の旅でもあるから、そのあたりを暗示するネーミングであるのかもしれない。

なお、オデュッセウスが訛ったローマ読みウリッセースUlyssesを英語読みするとユリシーズとなる。ダブリンにおけるある冴えない男の1日を書き綴ったジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は、オデュッセイアの波乱万丈のドラマを20世紀の凡庸な1日に変えてしまった魔法のようなパロディ型実験作品だ。

物語の後半で故郷に帰りついたオデュッセウス

元祖『オデュッセイア』に話を戻そう。物語の前半は苦難続きの船旅を物語るものである。知将オデュッセウスがあちこちで戦ったり、乗組員が動物に変えられたり、その歌声を聴くと気がふれるというセイレーンの魔法にかからないように帆柱に縛り付けてもらってじっと耐えたり、魔女の島に逗留したりと、そんなお伽噺から成っている。

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物語の後半で、オデュッセウスは故郷の島に帰りつく。故郷でじっと待っていたのは忠実な妻、ペネロペイアだ。

主人の帰ってこない屋敷には「未亡人」を狙う男どもが次々と押し寄せ、ホールで勝手に宴会を開くようになっていた。立場の弱い女性であるペネロペイアは彼ら「求婚者」を払いのけることはできない。そこにオデュッセウスが出現する。

求婚者どもが油断している中、ペネロペイアは客人たちに向かって弓の競技を開くと宣言し、オデュッセウスは自分だけが引ける強弓を受け取る。そして正体を現し、不埒な求婚者どもを思う存分成敗する。

血で血を洗う復讐劇ではあるが、最後の大立ち回りの盛り上がりは今日のハリウッド映画に引けをとらない見事さだ。

中村 圭志 宗教学者

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なかむら・けいし / Keishi Nakamura

1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。著書に『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』『宗教図像学入門』(ともに中公新書)、『教養として学んでおきたい5大宗教』、『教養として学んでおきたいギリシャ神話』(ともにマイナビ新書)、『24 の「神話」からよむ宗教』(日経ビジネス人文庫)、『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』(角川書店)、『聖書、コーラン、仏典』『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

 

 

 

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