3.11原発事故で現場対応した人の薄氷踏む判断 細野豪志氏×磯部晃一氏対談(前編)

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磯部:指示書を見て、自衛官はみんな驚愕しました。今後の放水、除染活動について「自衛隊が全体の指揮をとる」と書いてありました。自衛隊が、つまり隊員さんの命を預かるということで、これはちょっとできないと。気持ちはわかるんですが、政府にはもう一度考えてくれと。

細野:提案を突き返してきたんですよね。私はその前にもう1つ、ある提案をしていまして、その提案というのは、現場で作業する人の年間被爆量の上限を100mSvから250mSvに上げてほしい、というものでした。

アメリカでは、志願する者に関しては、放射線量の上限なしでやれるようになっている。核武装国なので、攻められることも含めいろんなケースを想定しているんですね。しかし、日本にはそうした制度はなく、100mSvが上限なんです。今回のようなシビアなケース、どうしても短時間だけれども誰かが作業しなければならないといったときに、動けなくなってしまう。

それで実は、一度「上限なし」で出したんです。案の定、北沢大臣から「いや、駄目だ」と言われました。そうしたやり取りをする中で、なんとか250mSvが通ったんです。

混乱する前線基地Jヴィレッジだったが…

細野:また、指揮権と言ったら絶対防衛省は突き返してくるということも思っていました。ただ、なんとかしたかった。放水が大混乱してうまくいかない。原発事故の前線基地であるJヴィレッジは自衛隊、警察、消防と原発作業員が入り混じって大混乱。お互いに調整に大きなエネルギーを使っていて、でもそんなことをしている時間はないわけです。ですから、自衛隊がしっかりマネージするという体制を作りたかったんです。

磯部:自衛隊は一元的に管理する能力が高いです。

細野:衣食住まさに自己完結できて、いろんなサポートも必要ない。

磯部:当時現場にいた自衛隊の指揮官から聞いた話では、それぞれ皆ベストポジションで、ベストな時間帯でみんなやりたい訳です。放水も。また、東電さんは地下にある配線とか修理が必要ですから。そうしたことが全部重なった中で、誰が、どの部署がどういう順番でやるかというのはまさに混乱の極みでしたね。

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細野:結局は、総合調整を自衛隊がする。そしてJヴィレッジを一元的に管理するのは自衛隊と決まって、ようやく少し落ち着いた。この指示書は最終的には総理が出すことになるのですけれど、総務省や警察庁にも行くので、当時総務大臣だった片山善博さんから電話が入って「とにかく消防職員の名誉を傷つけることだけはしないでくれ」と言われました。

磯部:それはよくわかります。自衛隊が仮に逆の立場であれば同じことを言ったでしょう。

細野:おそらく片山大臣は、自分の部下ではないけれども決済しないと通らない文書だったので。決断するときにそういう条件を付けてきたのだと思います。

有事のときにどうやって現場をマネージしていくのか。これは大きな課題として残っています。究極のケースとして、武力攻撃事態になった場合は法律に書いてありますよね。ただ、戦争ではないけれど、実質有事のときにどうマネージしていけばいいのか。

磯部:いわゆるグレーゾーンですね。これは本当に大事な話だと思います。

(後編に続く)

細野 豪志 衆議院議員

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ほその ごうし / Goushi Hosono

昭和46年8月21日生まれ、滋賀県出身。京都大学法学部卒業。三和総合研究所研究員(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)を経て、1999年より政治の道をスタートさせる。環境大臣、内閣府特命担当大臣(原子力発電所事故再発防止・収束)、総理大臣補佐官などを歴任。趣味は、囲碁・落語・演劇鑑賞。

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磯部 晃一 第37代東部方面総監、元陸将

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いそべ こういち / Kouichi Isobe

前ハーバード大学アジアセンター上席研究員。1980年防衛大学校(国際関係論専攻)卒、陸上自衛隊に入隊。第9飛行隊長、陸上幕僚監部防衛課長、統合幕僚監部防衛計画部長、第7師団長、統合幕僚副長などを歴任、2015年東部方面総監を最後に退官。アメリカ海兵隊大学およびアメリカ国防大学にて修士号を取得。現在、防衛省の統合幕僚学校および教育訓練研究本部の部外招聘講師として統合運用や戦略を講義。安全保障や危機管理等に関する講演やアメリカ研究機関との研究交流に従事。単著として、猪木正道特別賞受賞の『トモダチ作戦の最前線:福島原発事故に見る日米同盟連携の教訓』(彩流社、2019年)がある。

 

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