渋沢栄一は何した人?偉業が目立たない深い訳 同時期に活躍した岩崎弥太郎とは対照的

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渋沢栄一の偉業や思いについて解説します(写真:Taisuke/PIXTA)
2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公である渋沢栄一は、幕末に武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)の富農の長男として生まれました。攘夷を志す青年期を過ごし、幕臣、官僚を経て実業界に身を投じると、約500の企業の設立・育成に関わり、日本近代経済の礎を築きました。渋沢栄一の人物像について、渋沢史料館館長を務め、「青天を衝け」の時代考証を担当する井上潤氏に話を聞きました。
前編:成功の肝は忍耐、渋沢栄一に学ぶ「頭の下げ方」

自分の名前を押し出すことに執着しなかった

――渋沢栄一は、約500の企業の設立・育成に関与し、600もの社会事業に携わったという圧倒的な事績の持ち主です。その一方で、同じく幕末から維新の時代に生きた坂本龍馬や西郷隆盛に比べると知名度的には控え目な印象があります。それはなぜなのでしょうか。

確かにそれが実態かもしれませんね。これには渋沢らしさを感じられるいくつかの理由があると思います。

まず、自分の名前を押し出すことに執心しなかったという点です。それから、成し遂げた事績の数が、あまりにも多すぎた。なにせ関係した企業の数だけで500ですから。後世の人にとったら、焦点が定まらない存在になっているんでしょうね。

「渋沢栄一を一言で表してください」なんてよく言われるんですけど、「一言では語れない人」と答えるしかない。ですから、「これ!」という一点がなく、伝わりにくいというのがあるのでしょう。

教科書的には「日本で最初に銀行を設立した人」と言われたりしますが、それだけには収まらないのが渋沢の特徴です。

――スケールがケタ外れだったのですね。ほかにも理由はありますか。

幕末の有名な偉人との違いは、渋沢が長寿だったということでしょうか。たとえば、若くして亡くなった坂本龍馬や吉田松陰のような人たちにまつわる出来事は、実に短期間に凝縮されています。反対に、長く生きた伊藤博文や井上馨などの明治の元勲たちの場合、どうしても焦点が絞りにくい。渋沢にも同じことが言えるのでしょう。

それからもっと重要なのは、大きな会社をたくさん作ったのに、自らの財閥を形成しなかったという点です。彼が設立・育成した企業は今も多く存在しますが、「渋沢」という名前を掲げているところはほとんどなく、子孫が経営を引き継いでいるところもありません。これもあまり目立たない理由の1つで、渋沢の人柄をよく表していると言ってもいいでしょう。

渋沢が次々と会社を設立したのは、世の中を豊かにするためでした。自分の利益を追求し、自らの家を栄えさせようという意識はなかったのです。

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