コロナ医療逼迫を予見した経済学者・宇沢弘文 ベーシックインカム批判と「社会的共通資本」論
例えばマスクは、昨年3月頃にはなかなか手に入らなかったが、5月頃からは市中に出回り始め、どんどんと価格が低下していった。こうした財は価格の高騰または品不足に対して、供給側が迅速に対応できる。これに対して医療サービスは第3波の際にも議論になったように、新型コロナウイルスを扱うための施設や人材がボトルネックになり、急速に供給を増加させることができない。
宇沢はこうした財・サービスの性質の違いを使って、経済全体の所得の増加に伴う価格上昇率において、必需財が選択財よりも高くなることを示している。
このような条件下で、ベーシックインカム(宇沢の著作では「ミニマムインカム」と呼んでいる)を実施するとどうなるだろうか。もしこの制度のもとで、経済全体の所得が上昇していくと、必需品の価格は選択品の価格を上回るスピードで上昇するため、必需品のシェアが高まり、ベーシックインカムの上昇率が経済全体の平均所得の上昇率を上回ることになる。
宇沢はこうした現象を「所得分配のメカニズムが社会的に不安定である(socially unstable)」としている。占部氏が述べているベーシックインカムに関する宇沢の批判的な見解は、こうした分析に基づいていると考えられる。
金額ありきでない「消費の格差是正」が目的
宇沢の分析には2つの貢献がある。1つはベーシックインカムについて「消費者が最低限の満足度を維持することができるような所得」という厳密な定義を与えていることである。
格差の議論では「所得格差の議論」が中心になっているが、消費効用の最大化が中心課題となる経済学においては、「消費格差の是正」こそがオーソドックスなアプローチであり、宇沢の定義はこの標準的なアプローチを踏襲したものといえる。
昨今は格差是正の一手段としてベーシックインカムの議論が盛んだが、どれくらいの金額をベーシックインカムとして支給すればよいのか、はたして財政的に維持できるのかという金額の議論が中心になっている。しかし「消費における最低限の満足度」という厳密な定義のないベーシックインカムの議論は、その制度が果たして維持可能か、国民の経済厚生水準を今よりも大きく下げることはないのかということを、事前に検証する手段を欠いていることを、宇沢の議論は示している。
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