小学生が「死にたい」ミニバス指導の壮絶な実態 あれから息子は学校にも行けなくなった

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すぐさま連れて行った心療内科の医師から「家庭には何の問題もない。他に(こころに)打撃を与える何かがあったとしか考えられない」と言われた。卒業するころになってうつ病の診断を受けた。「回復までには数年のスパンが必要」と聞かされ、目の前が真っ暗になったという。すぐにミニバスケットクラブを退会させた。

ただし、そのような被害を受けても、男性はコーチらに面と向かって「あなたたちの暴力やパワハラが原因だ」と訴えることはしなかった。そうしなかった理由について男性はこう話す。

「スポーツの指導はそういうものだと僕ら親たちが刷り込まれていたのだと思います。やりすぎだと感じはしたが、他の親の手前もあって言えなかった」

目の前で繰り広げられる異様な光景に保護者から「ちょっとやりすぎでは……」の声は漏れたが、誰ひとり異議を唱える人はいなかった。強豪私立中学校への進学を世話するなど、大きな権限をもつコーチに逆らえないという事情があった。

「私立中学への進学など考えていなかったとしても、コーチに抗議などして機嫌を損ねれば、そこを目指すほかの親子の邪魔をしてしまうと他の保護者も考えたのでしょう。同じ学区、地域に住み、顔見知りの親たちが混乱を避けたいのはわかります」

とはいえ男性は納得していたわけではなく、コーチの暴力等をどこかに訴えられないかと、弁護士に相談した。JBAや日本スポーツ協会が設ける「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」を紹介されたが、被害を受けた子どもへの聴き取り等も必要になると言われ、断念した。

うつ状態で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状も出始めていたA君に、相談員や弁護士と対峙するのは困難と判断したのだ。

「後から入ってくる子どもたちのためにクラブ側に指導を考え直してほしかったのですが……」

と男性は後悔をにじませる。

日本の暴力指導の実態

では、日本ではどのくらいの人が子どもへの暴力指導の被害を訴えているのだろうか。

日本スポーツ協会によると、相談窓口に寄せられた2014年度から2020年8月までの累計相談件数は651件。子どもから成人まで幅広い被害者区分では、小学生が43.7%を占める。子どもが多いのは同協会認定の指導者資格が少年スポーツを対象にしているからだという意見はあるものの、加害側が有資格者でない相談がほとんどだ。最も弱い立場である子どもたちの心身が、A君のように危険にさらされている事実は否めない。

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