年の瀬に思う日本の「医療観と安楽死」の是非 ALS患者女性の嘱託殺人事件を患者学で考える

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すなわち、今回の嘱託殺人の事件は、尊厳死協会でも容認のできない行為なのである。

ところが市民や医療関係者の中に、2人の医師は責められるべきではないという意見が少なからずある。その理由は、ツイッター上の本人とのやりとりも明らかにされ、本人から2回に分けて大金が振り込まれていることから、本人が死を希望していたことが明らかで、患者の自己決定の下になされたからであった。

自己決定権を絶対視しようとする現代の医療観と、生産的でない人間は不要とする優生思想が社会全体に静かに広まってしまってはいないだろうか。

社会における優生思想のひろがり

優生思想は必ずしも遺伝的な優劣で人を差別するだけのものではない。社会に役立つ人と役立たない人に分類し、役立たないと分類される人、すなわち障害者や高齢者、を社会から排除しようとする思想をさす。

2016年7月に神奈川県「津久井やまゆり園」の障害者殺人事件は、このような優生思想に支配された青年植松被告が起こした事件であった。植松被告は衆議院議長宛に「重度の障害者には生きる価値がない。社会に不幸をもたらすことしかできない」と書いた手紙を送っていた。その思想は植松被告がやまゆり園に勤務していた間に醸成され、確信となってしまったのだ。

植松被告がそう考えるに至った背景には、植松被告自身が同施設で働く中で重度の障害者が社会から不要とされ、隔離され、見捨てられていると、感じる現実があったためとも言える。そして、その空気を社会全体のものとしても感じていたのだろう。

優生思想は有力な政治家の発言にも見え隠れする。

杉田水脈議員。『新潮45』に、「彼ら彼女ら(LGBT)は子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することがはたしていいのかどうか……このままでは社会の秩序が崩壊する」と論述した(2018年8月号)。大西英男議員は、厚生労働部会で受動喫煙の防止について議論があった際、「がん患者は働かなくていいんだよ」と発言した(2017年5月)。

麻生太郎副総理は、社会保障制度改革国民会議で、余命わずかな高齢者など終末期の高額医療費に関連し、「死にたいと思っても生きられる。政府の金で(高額医療を)やっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろと考えないと解決しない」と発言した(2013年1月)。

石原伸晃自民党幹事長はBSアサヒにて次のような発言をした。「社会の最下層の方々で身寄りもない方の末期医療を担ってる所、そこに行くとほんと考えさせられますね。この5年間で何が変わったかって言えば、胃ろうですよ。意識がまったくない人に管入れて、生かしてる。それが何十人も寝ている部屋を見せてもらったとき、何を思ったかというと、エイリアンですよ。エイリアンの映画で、人間に寄生している、エイリアンが人間を食べて生きているみたいな。

まったく違うもんでありますけれども、そこで寝てる人たちはもう絶対戻らないと。そこで働いてる人に僕は実は感動したんです。(中略)反応はないんです。ただ語りかけながらその人たちを面倒看てる。こんなことやったらやっぱりお金かかるなあと。こりゃやっぱり医療は大変だと」(2012年2月)。

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