児童養護施設育ちの男性が「薬物」に苦しむ事情 施設退所後の孤独に耐えかねて薬に手を出した

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最初は知人からもらった向精神薬などの処方薬。続いて市販の風邪薬やせき止め薬、脱法ドラッグ、さらには大麻、覚醒剤に依存した。次第に食事を取れなくなり、「殺される」といった被害妄想にとらわれるように。周囲に助けを求めるメールを何通も出し、返事がないと「皆殺しにしてやる」「死ね」といったメールを送り付けた。この間、精神科病院に入院したり、リハビリ施設に通ったりしたが、薬はやめられなかったという。

結局20代後半は薬物漬け。蓄えも失い、正社員の仕事もふいにした。30歳を過ぎたころに薬物を断つことができたのは、知人が過剰摂取で亡くなったことがきっかけだった。加えて地元自治体が自立支援などを目的に開設している通所施設が、トシユキさんにとって安心できる“居場所”となったことも転機になったという。

「そこは、僕が行くと『おかえり』と言って迎えてくれるんです。まるで普通の家のように」とトシユキさんは言う。

障害者枠で働きながら生活保護を併用

ただ今も幻覚や幻聴などの後遺症は深刻で、何種類もの処方薬の服用が欠かせない。障害者手帳を取得し、障害者枠で働きながら生活保護を併用しているが、年収は180万円ほどで暮らし向きは楽ではない。障害年金を受給できないかと申請したこともあったが、窓口で薬物使用の後遺症は支給の対象にはならないと告げられた。

トシユキさんは編集部に取材依頼のメールを送った理由について、「児童養護施設のことをもっと知ってほしかったから」と言った。

トシユキさんに言わせると、児童養護施設に対する理解は進みつつあるとはいえ、「いまだに施設のことを孤児院と呼んだり、養護学校と勘違いしたりしている人もいる」。また施設出身者が経済的な理由から大学進学を断念せざるをえない現状についても、もっと広く知ってほしいと訴える。
そして何よりトシユキさんが望むのは、施設退所後のアフターケアだ。

「18歳で身ひとつで社会に放り出される不安と孤独がわかりますか? 頼れる親族がいないと携帯電話を買うのも、アパートを借りるのも難しい。おのずと人生の選択肢は減りますよ。よく施設出身者は『男はヤクザ、女は風俗』と揶揄されます。もちろん全員がそうなるとは限りませんが、そういう傾向は間違いなくあると思います」

トシユキさん自身、施設退所後も職員たちとなんらかのつながりがあれば、最悪薬物に頼ることまではなかったのではないかと思っている。
最後にトシユキさんの“家族”の今に少しだけ触れよう。母親はすでに亡くなった。父親とも別々に暮らしており「次に会うのは葬式のとき」と決めている。妹とも疎遠になったという。

孤独を感じないと言えばウソになる。一方で年明け、トシユキさんには楽しみにしていることがひとつある。ここ数年、自身が育った児童養護施設から年賀状が届くようになったのだ。当時の職員もまだ残っており、うれしくて、懐かしくて毎年返事を書く。でも、こちらから年賀状を出したことはないという。なぜ? と尋ねるとトシユキさんはこう答えた。

「こっちから出したのに、(施設から)来ないと寂しいじゃないですか」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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