経済学の言葉でいうと、凡人なら論文1本あたりの「限界効用」は下がってくるはず。最初は頑張って書くけど、本数が増えるにしたがって追加の1本に対するモチベーションが上がらなくなるということです。けれども、限界効用が逓減しない人が稀にいる。ミルグロムもそういうタイプなんだと思います。
いろんな分野に情熱的に取り組んで結果を出して、でも博論の頃から40年ほど、ずっとメインで取り組んでいるのはオークション、というのもすごい。
ミルグロムへの誕生日プレゼント
小島:数年前、ミルグロムの65歳の誕生日に記念カンファレンスが行われて、そのディナーで「タイムマシン」の出し物がありました。何年か後の未来に行ったらポール(ミルグロム)がノーベル賞を受賞していたっていう筋書きで。
面白いのは、その未来のバージョンが5つくらいあること。バージョンごとに受賞理由が違う。これは、ヨイショであるとともに、これからポールを盛り立てていこうという周りの思いの表れでもあったんですよね。
ちなみに、彼への誕生日プレゼントもすごかった。僕も参加しましたが、経済学者で最も長いwikipediaページをプレゼントするということで、ポール・ミルグロムの業績を事細かに掲載したすごいページができあがった。このページは、今も見られます。
安田:彼はノーベル賞を取る前から、並みのノーベル賞受賞者よりも……というとすごい表現になってしまいますが、過去の受賞者を圧倒しかねないオーラがあったんですよね。賞なんかもらってなくても「俺のほうがすごい」というかのような。でも、実際にノーベル賞を受賞したことで、ある意味ワンオブゼムになってしまった、と言えるのかもしれません(笑)。
冗談はさておき、今回の受賞は本当によかった。ミルグロムは70代ですが、万が一のことがあったら存命者限定のノーベル賞をもらい損ねるところでした。そして、ミルグロムがいなければ、今回一緒に受賞したウィルソンも受賞できたかどうかわからない。
もちろん、ほかの理由での受賞はありえるかもしれないけれど、オークションを理由にウィルソンだけが単独受賞という可能性は低かったのではないかと。逆に、ミルグロムは単独で受賞していてもおかしくない。
ただ、スタンフォードで長年ウィルソンと共同研究をしてきたデイヴィッド・クレプスが、ノーベル賞受賞直後に書いたウィルソンへの祝福記事はとても感動的でした。そのポイントは次のような感じです。
「ミルグロムはGreatエコノミストだ。ノーベル賞を取ったのは遅すぎるぐらいで多くの分野に業績がある。対して、ウィルソンは Greatest エコノミストだ。Greatest エコノミストとは教え子たちを育て、自分の学派を切り開いたという意味でのこと。Greatエコノミストは偉大な論文を書く。Greatestエコノミストは、自分の学派を切り開く」
小島:ウィルソンは、その意味で非常に影響力が大きい人ですね。彼は研究者としてゲーム理論の基礎的な均衡概念を作っていますが、ミルグロムや2012年にノーベル賞を受賞したアルヴィン・ロスは、実はウィルソンからめちゃくちゃ影響を受けている。ミルグロムやオペレーションズリサーチ分野出身のロスを仲間に引き入れて非常に大きな流れを作ったのはウィルソンです。
安田:今回ノーベル賞を受賞したオークションにしても、マッチングやマーケットデザインにしても、1960年代ぐらいから盛んに研究されていたんですよね。最初に盛り上がった後、沈黙の時代を経て、2000年以降にまた波が来た。そこで現実への応用が進み、ノーベル賞につながると。