高級寿司屋の大将が怖くても許される納得理由 客には「徹底的に尽くすのがいい」の落とし穴
職人が客に挑戦することで、客は努力が求められる。そして客が努力すれば、職人も腕を上げなければならない。本来高級サービスとは、図のように客と職人の切磋琢磨を通して生み出され続けるものだ。こうした客と職人の切磋琢磨の好循環は、「顧客の欲求を満たすのがサービスだ」という単純な発想からは決して生まれてこない。
すし屋の職人はすし通の客の存在で自らの仕事を高めていくが、逆に真剣にすしを味わう客が減るとすしの味は落ちる、といわれる。これはフレンチも同じだ。世界的に著名なフレンチのシェフである神戸北野ホテル総支配人・総料理長の山口浩氏は、こう語っている。
「サービスでは奉仕する側と奉仕される側が、互いに階段を登るということ。そこに楽しさがある。知らないことを知っていくというかけあいが楽しい」
この「闘い」の関係が崩れて馴れ合いになると、高級サービスの価値は崩壊する。あるすし通の人は仲良くなったすし職人から「残り物の魚があるよ。5000円にするから食べに来ないか」と誘われて以来、その店に行かなくなったという。
日本こそ「高級サービス」を実体験すべき
すし屋があり、利休の茶道も生んだ日本には、「闘争としてのサービス」を新たに生み出せる土壌がある。しかし高級なサービスは、実体験しないとわからない。日本のビジネスパーソンこそ「高級なサービス」を身銭を払って自分自身が実際に体験し、その意味を考え抜くことが必要なのだろう。
ここでは『「闘争」としてのサービス』のポイントを紹介した。本書は著者が「読者に闘いを強いる本」と書いているとおり、実に難解だ。しかしこの世界を知らずしてサービスを語るべからず、である。興味をもった人は、ぜひ本書に挑戦してほしい。もし難しくて読み進められなかったら、同じ著者が寄稿している『京大変人講座』(三笠書房)の第2章がわかりやすいので、先にご一読をお勧めしたい。
サービス・ビジネスの世界では、新しい考え方が次々と生まれている。いまやあらゆる業界でサービス化が進んでいる。これらの考え方を知り、仕事で生かせば、あなたのビジネスでも大きな力になるはずだ。
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