勝利だけにあらず。これがドイツの秘密

第6回 半世紀前から広がったスポーツの幅

競技と「私」のほどよい距離

ドイツのスポーツクラブも試合に出れば勝ちたい

では、ドイツは試合を軽視しているのかといえば、そうでもない。競技によっては試合前に円陣を組んで、鬨(とき)の声をあげ、士気と団結力を高めることもある。サッカーの試合をしている子供の周辺を見ると、観戦している親が熱くなったり、トレーナーが興奮するようなこともある。やはり、試合では勝ちたいのだ。

 だが、体罰マネジメントはまず発生しない。その理由は暴力に対するアレルギーが日本に比べて強いという事情に加え、ドイツでは試合に対して距離をおき、勝利や成績はスポーツ全般のなかのひとつの価値にすぎないと捉えられているからだと思う。

 どういうことかというと、日本の選手は自我と競技を同一化するようなところがある。だが、ドイツを見ていると、スポーツをしているのは数多くある「自分」のひとつで、試合となれば熱くもなるが、あくまでも自分の一部が投影される場所という考えがうかがえるのだ。スポーツの語源は「遊び」「気晴らし」と説明されるが、それを地で行くような感じだ。トレーナーにしても、勝たせたいという気持ちはもちろんあるが、日本の学校スポーツのようなプレッシャーは構造的に生まれにくい。

 そのせいか、例えば日本の女子柔道の選手が欧州へ遠征に行くと、現地の選手たちがピアスや化粧など、おしゃれを楽しんでいる様子に驚くといったこともあるようだ。誤解を恐れずにいえば、ストイックに柔道と自我を重ねる傾向の日本選手と、柔道はあくまでも人生の一部ととらえている外国人選手の違いを物語っているように思えてならない。

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