脱・狭量なスポーツ像
さらに過度な試合重視に陥らない理由は、半世紀かけてスポーツ像を変えてきたことにもあると思う。
そもそもスポーツは社会と連動しており、時代によってスポーツに対する人々の期待や社会的役割が異なる。19世紀から20世紀前半のドイツでは民族精神昂揚や軍隊に準じた訓練の機会とされたこともあった。そして戦後は競技や成績・記録が重視された。
しかし、戦後の工業化の急な発展で国民の健康問題などが顕在化。それらを背景に、西ドイツ(当時)では1959年にスポーツ環境を整える「ゴールデン・プラン」なるものがたてられ、子供の遊び場から体育館、プールなどの施設が整備されていった。
同時に「第二の道」という取り組みが行われた。成績重視のアスリートが行うスポーツを「第一の道」とするならば、障害者も含む子供から成人、高齢者まであらゆる人々が行えるものが第二番目のスポーツというわけだ。「ハード」と「ソフト」の両輪でスポーツの状況を変えていったかたちだ。
特にソフトに関しては「第二の道」を発端に、スポーツが一部の人だけのためではない「ブライテンスポーツ(幅広いスポーツの意)」の考え方が形成された。いいかえれば「幅広い」ということは、自分にあった形でやればよい、ということであり、「スポーツ=勝利・記録の追求」というある種の狭量さから脱したといえるだろう。
ブライテンスポーツはその後、様々な振興が行われているが、とりわけ1970年代の「トリム・アクション」と名付けられたキャンペーンでは「トリミー」というキャラクターまで作られた。近年は高齢化社会を背景にしたブライテンスポーツ振興が展開されているが、いかにも時代の変化と連動しているのがうかがえる。
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