私たちが忘れた「愚行権」行使する人々の生き様

日本3大ドヤ街・横浜「寿町」で生きる人の実像

4畳半共同便所の寮を飛び出して故郷に戻り、しばらく父親の手伝いをして畳屋の仕事を覚えた。再び友だちの伝手で、巣鴨のクリーニング屋の手伝いに入ったが、薬品のせいか喘息になってしまい、また田舎に舞い戻った。今度は宇都宮の畳屋に入った。そこも長くは続かなかった。

「兄弟子がいい人で、兄弟子がいたときはよかったけど、兄弟子が酒飲んで、親方の家の塀を乗り越えようとして壊しちゃった。おんで、兄弟子が親方と喧嘩してやめちゃって、オレが毎日ゴミ捨て、庭の掃除をしてさ、高校行ってたトオルって息子がいたんだけど、卒業したらトオルにリヤカー引かせるって言ってたのに、引かせなかったんだよ」

それが癪に障って、だが、今回は身元保証人がついていたので喧嘩はせずに穏便にやめて、再度東京へ出た。今度は十条の畳屋である。19歳になっていた。

十条の畳屋は家庭的な雰囲気で給料もよく、埼玉県の越谷近辺に新しい住宅が次々と建っている時期だったから、仕事はいくらでもあった。またたく間に70万円の貯金が出来て、従業員が金を出し合って鹿島灘に投機目的の土地を買ったりもした。

ところが……。

「宇都宮の先輩に、競輪を教わっちゃったんだよ。調布の京王閣で初めてやったら、500円が15000円になったから、仕事するのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

宇都宮の先輩は、サカエさんに競輪を仕込むだけ仕込んでおいてどこかへ消えてしまい、入れ替わるようにして渡り職人のアオキという人物が十条の店に現れた。アオキは関東一円の畳屋を渡り歩きながら、稼ぎをすべて競輪に注ぎ込んでしまうような男だった。

当時のサカエさんの給料は、月に7万5000円ほど。仕事は朝の8時から夜の7時半までびっしりやったが、アオキに誘われて稼いだ金をすべて競輪に注ぎ込むようになり、とうとう鹿島灘の土地の権利まで売却して、その代金もすべて競輪ですってしまった。そしてまた、田舎に戻った。

「親父も兄貴も、そんなことだと思ったよーって、笑ってたな」

「自由がないもん」

その後のサカエさんの足取りは、ほとんど同じことの繰り返し。まさに、愚行権の行使そのものである。

またまた上京して西川口の畳屋に入ると、そこは十条の店同様、家族的で給料もよく、岩手出身の女将さんが優しくしてくれた。ところが、サカエさんが松戸競輪で大当たりした(1万円が50万円に化けた)のをアオキが嗅ぎつけて、自分がいる池袋の畳屋にサカエさんを引っ張ろうとした。

「西川口の店はよかったんだけど、親方が店を新しくして、店と寮を一緒にしたから、親方と一緒に住むようになって、嫌になっちゃった」

「何が嫌だったんですか」

「自由がないもん」

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