私たちが忘れた「愚行権」行使する人々の生き様

日本3大ドヤ街・横浜「寿町」で生きる人の実像

アオキに金は貸さなかったが、池袋の店から後楽園競輪に通うようになった。後楽園では12車(通常9台のところ12台が出走する)をやっており、これがサカエさんの性に合って、ますます深みにはまっていった。

「でも、美濃部が都知事になって、なくなっちゃった」

後楽園競輪がなくなっても、池袋の西口にはパチンコやソープランド(当時はトルコ風呂と言った)がたくさんあった。複数人で仕事に出ると、そのうちのひとりをどこかの競輪場に派遣して投票券を買わせていたが、ある日、どうしても自分で行きたいレースがあって、親方に仕事を休みたいと言ったらクビになった。27歳のときである。

再び栃木へ戻り、再び上京。今度は江東区大島の畳屋に入ったが、店の入り口にしょっちゅう競輪、競馬のノミ屋(私設の胴元)が顔を出すようになった。

「競馬も覚えちゃって、ノミ屋にカラバリで20万ぐらい賭けたんだよ。外れたらすぐに金を取りにきたからさ、逃げたんだよ。大島の畳屋の親方もよくしてくれたんだよ」

次に行ったのは、大崎の帳元である。帳元とは、サカエさんの解説によれば、店の固有名ではなく職人を派遣する機能を持った組織らしい。いまで言う人材派遣会社のようなものだろうか。サカエさんは大崎の帳元の寮で、賭けマージャンと花札を覚えた。

「オイチョカブは強かったよ。ジャストっていう食堂でツケで飲んで、その店で弁当作ってもらって、張元から電車賃を貰って厚木の畳屋とかさ、いろんなところに派遣されたんだよ」

気がつけば、アオキと同じ、立派な渡り職人になっていた。

「かかあ」と会って、人生が急展開

大崎にたどり着くまでのサカエさんの人生は、ほぼ同じパターンの繰り返しだった。畳屋に勤め、稼いだ金をギャンブルに注ぎ込み、トラブルになって逃げる。また勤める、また賭ける、また逃げる。この繰り返し。

ところが大崎で、サカエさんの人生は急展開することになった。

「かかあと会ったんだよ」

仕事を終えてスナックで飲んでいた先輩が、キャバレー勤めの女が飲みに来ていると、サカエさんを寮に呼びに来た。スナックに行ってみると女は2歳の男の子を連れていて、隣のマンションで暮らしているという。

女の名前はミチコと言った。東京の堅い勤め人の娘だったが、父親が長く肝硬変を患っていて若いうちから働かなくてはならなかったらしい。それほど美人ではなかったけれど、栃木の親に50万円出してもらって神奈川県の座間市にアパートを借り、3人で暮らすことにした。

30直前のことだった。

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