私たちが忘れた「愚行権」行使する人々の生き様 日本3大ドヤ街・横浜「寿町」で生きる人の実像
寿町の住人たちについては、「私はやっかいだとは思っていないんです。言葉がストレートで、魅力的な人が多いですよ」と言う。
果たして愚行権なるものは存在を許されるのか、否か……。
私が出会ったとびきりやっかいで、とびきりストレートな寿町の住人のことを記してみたいと思う。
渡り職人、サカエさん(70)の場合
いつもぱりっとしたワイシャツを着た××××館の帳場さん、Fさんが紹介してくれたサカエさん(70)は、穏やかな顔つきをした好々爺然とした人物である。Fさんによれば、サカエさんは挨拶もきちんとしてくれるし、人柄のせいか、部屋を訪ねてくる友人の数も多いという。
友人の多さは、サカエさんの持っているCDのジャケットにも表れていた。ほとんどのCDは友人が持ってきてくれたものだというのだが、美空ひばり、井上陽水、ドリカム、ザ・ピーナッツ、アンジェラ・アキ、山下達郎、チベット音楽、中村美律子、昭和演歌集、福山雅治、谷村新司、エスニックサウンド、宇宙の音などなど、不気味なほど脈絡がない。
これをみんな聴くのかと尋ねてみると、
「聴くよ。みんな友だちが持ってきてくれるんだよ。昨日はオードリー・ヘップバーンのDVDを見た。切手が出てくる映画だったな」
という返事である。ひょっとすると友人の正体は、”売人”なのかもしれない。
四畳ほどの広さの部屋にベッドが入っており、サカエさんはベッドの端に腰をかけている。ベッドの前には小さなテーブルがあり、身分証や各種の証明書、病院の診察券などが何枚もきれいに並べてあった。
「オレ、昭和21年に栃木県の塩谷郡で生まれて、父親が畳屋でお袋は裁縫を教えていて、田んぼも一町あって、家屋敷と畑で300坪ぐらいあったな。学校に行かないで鳥とか魚とったり、喧嘩っ早くって、下駄で周りの奴を蹴ったりしてさ、3年生の夏休みに女の担任の先生が手をつけられないっていうんで、男の先生に代わったんだよ。
男体山が見えて風景はきれいだったけど、周りの奴が気にくわなくて、中学行っても学校でタバコ吸ったり、親のポケットから金を盗んで怒られたり、兄貴に殴られたり、八幡様で酒飲んで全員警察に捕まったり、親父のオートバイを朝から一日中乗り回したりしてたんだよ」
サカエさんはにこやかにしゃべるので牧歌的な話に聞こえてしまうのだが、内容をよくよく吟味してみるとそうでもない。高校に進学したかったが、中学校が内申書を書いてくれずに進学を断念。自力では就職もできなかったため、友人の紹介で東京の江戸川区今井にあったゴム工場の寮になんとかもぐり込むことができたという。
「家を出る時、親が2万円と布団をくれたんだよ」
せっかく勤めたゴム工場だったが、先輩と喧嘩をしてわずか3カ月でやめてしまった。
「頭に来て包丁持ったら、向こうが鉄パイプ持ったからさ、逃げたんだよ」
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