ところで、美術展で明治の工芸品を見る機会は非常に少ない。それはなぜなのか?
「明治時代、外貨獲得のために作られて輸出されたものなので、国内に残っていないという側面があります。今回の出品作はすべて、京都の清水三年坂美術館の所蔵品ですが、そのほとんどは村田理如館長が海外から買い戻したものなのです」
客人を驚かせるためのタケノコ?
展示ケースの前でかたまってしまうのが、安藤緑山の《竹の子、梅》だ。象牙を彫って色をつけたもので、大きさは実際の竹の子と同じぐらい。めくれた皮の厚み、掘りたての根のツブツブ感など、いくら目を凝らしても象牙には見えない。
「床の間に飾って客人を驚かせる、という楽しみ方もあったようです」
何も知らない客は、ああ竹の子が飾ってあるなと思う。「持ってみて」と言われて手にとると、象牙だからずっしり重く、ギョッとさせられるわけだ。
バナナ、パイナップル、みかん、焼き栗などの象牙彫刻も展示されているが、これらは皇室、皇族、華族など、ごく限られた人たちが持っていたものだという。
「日本には江戸時代から根付けなどに象牙の彫刻を使う伝統がありましたが、1本の象牙から彫り出したフィギュアのようなものは、明治に入ってから作られました。作者の安藤緑山について、くわしいことはわかっていません。明治の終わり頃から活動を始めたようです。リアリティを追求するレベルの高さには驚きます。象牙で作ることが彼にとって何か意味があったのだと思います」
しかし、緑山は弟子にも子供にも制作方法を教えなかったため、技術は伝承されず、一代で途絶えてしまった。何を使って色をつけたのか、科学的な分析を行い、研究を進めているところだという。
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