元ベンチャー起業家が「株式会社の謎」に迫る訳 「自分を勘定に入れて」500年の歴史を素描する

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対して平川氏の株式会社の素描は、どれも単純化などされていない。反対に、複雑なままに対象を描いているように感じる。なぜなら、氏の思考はいつも、「一筋縄では解けない問いは、そのままに置いてみないかぎり、本質的に解をとらえる手立てはない」というものだからだ。

もちろん、本書は株式会社の歴史をさなぎから幼虫、幼虫から成虫、そして妖怪へと、虫の変態になぞらえて、できるだけわかりやすく、その作業をいとわずに説明している。

東インド会社からグローバリズムの黄昏まで

本書の流れを追ってみよう。

まず、金と軍隊を持った国家の別の相貌である東インド会社の誕生、そして、近代の揺籃期のベネチアにおいて、贈与交換から等価交換へと傾斜した瞬間、投機という行為が怪しげに始まったイギリスの街の風景、および株式会社の有限責任制の開始、さらに資本と経営の分離が行われ、市場という概念が生まれる。

同時期に、産業革命とフランス革命が起こり、大量生産が可能となり、人口が急激に増え始め、総需要が総供給を上回った形で市場が拡大する。科学技術も急速に進歩し、民生技術が進むが、それはまた軍事技術にも転用され、2つの世界大戦になだれ込む契機となる。

さらに、資本主義社会において、貨幣はますます人々の社会規範となり、その中で起こったさまざまな会社の不祥事、事件、究極の短期資本回収のからくりである金融空間についても触れている。

この流れを見ておわかりだと思うが、株式会社は誕生時に自然発生してもいなければ、その後、自然過程を経てもいない。さまざまな偶然の出来事が時代ごとに同時多発的に起こり、それが株式会社という屋台を押し上げてきたのだ。

しかし、人口減少が始まり、総需要が総供給を上回る右肩上がりの時代が終わって、グローバリズムに陰りが差した今、株式会社というシステムに暗雲が立ち込めていることは誰の目にも明らかなはずだ。

そうして人々が惑い、先行きの灯りを求める時代の分岐点に立ちながらなお、氏は簡単な予測や結論めいたものには踏み入らない。執拗に素描をやめない。この書に一貫して漂うのは、その終わらない不穏な空気である。

つまり、氏が結論を描かない本当の理由は、その奥にあったのだろう。すなわち、株式会社と世界の関係を、原因と結果の安易な因果律に落とし込むことを、氏は無意味だと解したのではないだろうか。このふたつの因果律はあるようでなく、あるとき、原因と結果は入れ替わり、原因の尾に結果の首が食いつき、環を成すこともしばしばある。そうした複雑な構造を呈する世界のありようを知る氏であるからこそ、自分が描いたものを自分で検証する技量と、それが届く射程もまた氏は知っているのだ。

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