日本に「ワサビ食文化」が定着した納得の理由

トウガラシよりも日本の食に浸透した背景

日本では、食文化にかかわる資料をどれほど調べても、奈良時代から現在まで、魚よりも肉食の嗜好性が上回ったことは一度もなかったようである。もちろん、四足動物がまったく食されなかったわけではないが、どの時代を切り取っても、海産物が主流の献立が記録されているのである。

国家が肉食を禁じた点は大きく、この精神は日本国民に深く浸透してゆくことになったのである。これは、同じ稲作文化である東南、東アジアにおいても非常に珍しい食文化といえる。

こうしてコメと魚介類中心の食文化が浸透した結果、魚介類の料理法が発達するようになった。史料の中の献立を見ても、多様な食材を、刺身やすし、魚の天ぷらといったありとあらゆる方法で調理されているのがみてとれる。室町期以降は、食材と組み合わせる香辛料の存在も無視できない。

しかも、どの食材に対しても同じ香辛料が用いられるのではなく、試行錯誤のすえの組み合わせの妙が活かされ、淡白な味になりがちな魚介類に辛味、苦味、香り、風味などを加えることで、飽きることなくあの手この手で工夫し食べようとしてきた背景が透けて見える。

日本ならではの香辛料の使い方

最も重要な点は、香辛料が「臭みなどを消す」ことを主な目的として用いられていない、ということであろう。肉食が中心であった場合は、生臭さを消すために香辛料が用いられることが多い。日本でも、川魚が料理される際には、「生臭さ」を消すために、さまざまな香辛料が用いられてきた。

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しかしながら、香辛料の使い方としては、こうした「臭み」を消すという行為以上に、日本人はどちらかというと「食欲を刺激して食味を増すための香料や辛料」あるいは「暑中の暑を避け、寒中の寒を払う」という色合いが強かったと考えられる。

「素材を活かす料理法」を好む気質も、諸外国にない特徴だったといえるかもしれない。実にさまざまな料理を考案してきた日本ならではの料理法こそが、独自の香辛料の使い方を生んだと考えられるのである。

ワサビは、鮮やかな緑色という特徴も好まれ、日本料理によく合う食材として重宝されたと考えてよいだろう。さらに、江戸後期以降は、急速に普及した醤油との相性もよく、よりいっそう食文化として定着していったと考えられるのである。

さらに、19世紀の終わりに伊豆半島を中心とした大規模な栽培化がすすみ、江戸へ大量供給できるようになった点も大きい。こうしてワサビは江戸の食文化の成熟期とも重なり、香辛料としてのゆるぎない地位を確立していったのである。

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