テクノロジーの進歩が問う「生きること」の意味 京大前総長が考える「遊動民」という生き方
ところが、日本の産業界はダメだった。厳しく社員教育をして、年功序列で終身雇用という制度を守り続け、それを1995年まで続けてきたわけです。
ようやく気がついたのは、バブルが崩壊してからです。以降、日本の産業界も欧米のやり方を取り入れるようにはなりました。日本企業が海外に進出して、現地の人々を採用しながら会社を作るようにもなり、新陳代謝はかなり進んでいると思います。アカデミアも同じです。2004年の国立大学法人化以降、いろんなことをやりながら、改革を積み上げてきました。
複線型の人生で「遊動民」になれ
もはや若者は、「年功序列型」「単線型」の人生を考えていません。そこで僕は、これからは「複線型」の人生になると提唱しています。会社で働きながら複数の仕事をやってもいい。拠点を複数持って、渡り歩いてもいい。僕はこれを「遊動民」と言っています。
つまり、狩猟採集時代と同じで、あえて所有物を持たず、現場調達型で渡り歩く。いまの言葉で言えば「シェア」ですね。いまの若者は、車も家も持たず、カーシェア、ルームシェアでいいと言っています。自分の所有物をひけらかし、高級マンションに住み、高級車に乗り、高級レストランで食事をするということが人間の価値になるという時代は終わったのです。
そして若者には、自分がどこへ行ったか、何をしたか、今どういうネットワークにいるかということを、インスタグラムやフェイスブックにアップして、みんなに承認してもらいたいという人生観が芽生えてもいます。
僕は、今回の新型コロナの影響で、とくにこのような新しい人生観を持つ若者が、東京一極集中をやめ、地方に流れることになれば、地方創生は一気に解決すると思っています。現に、テレワークが進んだことによって、1カ所に住んで職場と自宅を往復する人生なんてバカバカしいと考える人も出ています。こういったことがどんどん増えれば、社会が変わっていくでしょう。
遊動民には、コモンズ(遊牧民が自由に利用できる共有の放牧地)が重要です。日本においては、医療と教育がコモンズでしょう。つまり、公共のものとして、国がお金を出して無料化している。ほかに公共化できるものに、交通があります。都市部では70歳以上の高齢者は、公共交通機関の利用料が無料だったり割安になったりしていますが、それをもっと全世代に広げればいい。そうすれば、生きるために必要なお金はわずかになります。
そういう時代になれば、人々の人生観は変わるでしょう。移動にお金がかからず、時間的余裕ができれば、過疎化という問題もなくなるはずです。
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