テクノロジーの進歩が問う「生きること」の意味 京大前総長が考える「遊動民」という生き方

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いまは、言うなれば「単線型」の人生です。65歳ぐらいで定年退職して世代交代し、その後は10年から20年生きられればいい。平均寿命は80歳ぐらいで、「そういうものだ」という生命観もある。

だから、その時に楽しく生きていけるだけのお金を、若いうちから蓄えておこうということになっています。ところが、寿命が3倍、5倍に延びると、この人生設計は完全に狂ってしまいますよね。

シンクレア氏は非常に面白い問題を提起しています。例えば、臓器提供の話です。自動運転技術が進んで交通事故がなくなれば、世の中全体を幸福にするように見えて、実は、その陰で臓器提供を待つ何百万人もの人が不幸になることでもある、と言うのです。

たしかに、臓器提供を待つということは、交通事故によって臓器に損傷なく死ぬ人を待つということにもなり、現実にそのような非道とも言えるサプライチェーンが存在しているわけです。

そこで人々を救うのは、例えば、iPS細胞のような新しい臓器を作るための医療技術でもあるでしょう。この1点においては、医療技術は人々に光を与えてくれるものだと言えます。しかし、そのような医療技術が集結すると、さらに大きな問題に突き当たる。

つまり、「人間はどう生きるべきか」という問いに入ってゆくわけです。まさにそれを考えなければならない時代なんだということを、われわれに認識させてくれるのが、この本だと思います。

サムシング・ニュー症候群

いま、最も変革が進んでいないのは、官僚と政治家です。いつまで経っても旧態依然たるままですからね。しかし、産業界やアカデミアの世界ではもう変革が起きています。

1970年代から1980年代、「サムシング・ニュー症候群」という現象が起き始めました。それ以前の時代は、若者にとって「新しいこと」は、上の世代にとって「知っていること」でしたから、物事は上から下に受け継がれる、つまり、若者は上の世代から話を聞くものだという感覚が一般的でした。

ところが、戦後に技術革命が起き、変化の速度が速まるにつれ、もはや上の世代の「知っていること」が、若者にとって「新しいこと」ではなくなってしまった。むしろ、「誰にとっても、新しいことは新しい」という世界に変わり、若者は「上の世代から学ぶことは何もない」と思うようになったのです。

この変化に、いち早く適応したのは欧米です。例えばアメリカは、1980年にシリコンバレーを作り、特許法や中小企業・ベンチャーを立ち上げる法律を立案し、「サムシング・ニュー症候群」を実質化しました。

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