「性的指向を変えたい」29歳男性が見た深い断絶 職場の男性に誘われると「緊張」してしまう

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「LGBTであることをオープンにしている人たちの生き方を否定するつもりはありません。私だって、もし性的指向と恋愛的指向がともに男性に向いていれば、ゲイとして生きていったと思います。恋愛的指向が女性に向いているから異性愛にそろえたいと望んでいますが、もし男性に向かっていれば同性愛にそろえたいと思ったかもしれません。

私にとっては2つの指向が矛盾していること自体が苦しいことなんです。この苦しさは、仮にLGBTに対する差別がなくなったとしても変わりません」

なるほど――。ただ、日本にはいまだに「LGBTには生産性がない」という旨の発言をしても、恬(てん)として恥じない政治家もいる。性的指向が変えられるとなれば、変更を強いられる人も出てくるのではないか。それに、そもそもそれは技術的に可能なのか。これに対してケンイチさんはこう主張する。

「脳科学の分野は目覚ましく進歩しています。研究が進めば、安全な方法で性的指向を変えることは可能だと思います。もちろん、本人の意思に反した変更は禁止する法整備も同時に進めるべきです。私以外にも自分のセクシャリティーを受け入れられず、苦しんでいる人は少なくないはず。少数派の人権を尊重するというなら、私のことも忘れないでほしい。私のようなセクシャリティーの人間を“いないこと”にしないでほしいんです」

ケンイチさんは昨年、ようやくうつ症状が改善。体調がよくなったこともあり、以前から気になっていた発達障害について、医療機関を受診して正式に診断を得た。処方薬のおかげで最近は仕事上のケアレスミスも減った。心身ともに余裕ができたことで、自らのセクシャリティーについて積極的に訴えたいと思うようになったのだという。取材の際、ケンイチさんは自らの主張をまとめたA4判10枚以上のレポートを持参。「私のような存在をまずは社会に知ってほしい」「将来、私と同じことで悩む人を1人でも減らしたい」と熱心に語った。訴えることが、自らの使命だと考えているようにも見えた。

自分の価値は自分で決める

話は少しずれるが、私は韓流ドラマが好きだ。最近、話題になった『梨泰院クラス』も見た。いわゆる復讐モノであると同時に、前科者やLGBT、在韓外国人といったマイノリティーたちの生きざまを描いた作品でもある。

秀逸だったのは、主要キャラクターの1人であるトランスジェンダーの女性がアウティングをされたときのエピソードだ。料理人でもある彼女は陰口を叩かれ、いったんは潰されそうになるものの、再び表舞台に立つ決心をする。このとき、「料理の腕前を見せることが、トランスジェンダーとしての自身の証明になる」という趣旨の声をかけてきた人に対し、彼女は毅然とこう切り返すのだ。「証明? 私が私であることに、他人の理解は不要です」。

トランスジェンダーが、なぜ他人のためにアイデンティティーを証明しなくてはならないのか? 自分の価値は自分で決める。彼女はそう宣言した。ケンイチさんの話を聞きながら、ふとこのシーンを思い出した。

私はケンイチさんのセクシャリティーを無理に「理解」しようとは思わない。しかし、ケンイチさんが自分で決めた価値は尊重したい。そして、ともに生きることができる社会を望むのだ。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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