「わがまま老人を出禁にした」ホテルマンの覚悟 従業員泣かす「高齢クレーマー」残念すぎる最後

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弁護士によると、東京都旅館業法施行条例第5条では宿泊を拒むことができる事由として、「宿泊者が他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼす言動をしたとき」などの特例が認められていることが判明した。また、区の条例ではさらに踏み込んであり、「暴力的要求行為や合理的な範囲を超える負担を求められたとき」という表記もあった。

弁護士には、「必ず本人の前で条例を読み上げてください。録音もしてください」と言われた。

保健所に相談に行ったのは、男性が宿泊拒否を不服に思った場合、宿泊施設を監視指導する立場にある保健所に駆け込むかもしれないと思ったからだ。

「『こういうお客様がいて、宿泊をお断りしようと思っています。もし、そちらに相談に来るようなことがあったら、よろしくお願いします』と申し出たところ、『ホテルの方から、このようなお話があったのは初めてです。連絡を入れていただくと、みんなで情報を共有できます』と喜ばれました」

宿泊者から苦情があった際、保健所は、苦情を申し出た当人に、「名前を公表していいかどうか」を確認するそうだ。名前を伏せることを希望する場合には、宿泊施設に苦情の概略を告げて、具体的な内容は話さずに指導を行う。名前を明らかにしてもいい場合には、当人の名前を提示して、より具体的にホテルに指導をする。保健所はあくまでも、中立の立場で話を進めるのだという。

わがまま老人の末路

水原さんは、男性に電話をして、「明朝部屋に伺いたい」と告げた。

「出かける用意ができたら、オレから電話をする」ということだったが、朝9時を過ぎても電話が来ない。業を煮やして、9時40分に電話をかけた。

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「何の用だ?」
「聞きたいこと、お願いしたいことがあるので、ちょっと伺いますよ」

部屋に行くと、また、怒鳴られた。

「何の用で来たんだ? いきなり来やがって! 来るときには理由くらい言え!」

「だから、聞きたいことがあるんです。なぜ、バスルームがこんなにびしょびしょになっているんですか? なぜ、枕もびしょびしょなんですか? なぜ、そんなふうに声を荒らげるのですか? これ以上のご宿泊は無理です。これに関しては、当方の弁護士に相談しておりますし、あなたが文句を言うとすれば保健所だと思うので、保健所にも相談済みです」

水原さんはそう言って、区の条例を読み上げ、「今後は、一切お断りします」と締めくくった。

「てめえ、このやろう!」

男性は大声を上げたが、次には、「出かける!」と荷物を持って、愚図ることもなく、さっさと出て行った。最後は意外に思うほどあっさりしたものだった。弁護士や保健所に相談したということが効いたのかもしれない。

林 美保子 フリーライター

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はやし みほこ / Mihoko Hayashi

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務などを経て、フリーライターに。経営者や著名人インタビュー、エンタメ系など幅広い分野の記事を担当する。2004年、より社会的な分野にシフトするために一旦仕事を整理。ボランティア活動を始め、その間、精神保健ボランティアグループ代表も務める。2012年、フリーライターに復帰。以後、経営者インタビューや、高齢者関連など社会問題をテーマにした取材活動に取り組んでいる。近著に、『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)がある。

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