いま世界で「歴史問題」が炎上している理由 植民地主義忘却の世界史とグローバル化の背景

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それでも、植民地主義の加害事実に向き合う試みは、現実には多くの困難を抱えています。世界の歴史問題の顚末が物語るように、国際社会の主要国は、問題から目を背け続けています。ほうぼうから指弾された揚げ句に「遺憾の念」を表明することはあっても、植民地主義の“違法性”や加害の“罪”を認めるところまでは至らない、かたくなな姿勢を貫いています。

しかし、急いで付け加えなければなりませんが、国際社会は、過去のすべてに目をつむってきたわけではありません。第2次世界大戦後、ドイツや日本などの敗戦国は、戦争責任を厳しく追及されてきました。多くの課題を残しているとはいえ、両国は、戦争責任には向き合いました。国際軍事裁判(ニュルンベルク裁判)と極東国際軍事裁判(東京裁判)の正当性は、国際的にも承認されています。

ただし、ドイツや日本は、敗戦国とはいえ、もとはといえば英仏らとともに植民地争奪戦を繰り広げた列強の仲間でした。戦勝国は、両国の戦争責任を裁きましたが、植民地主義の加害責任をドイツや日本に問えば、天に唾することになります。

イギリス、フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ドイツ、日本など、現代の国際政治の中心に座す主要国はみな、旧宗主国です。彼らは、植民地問題については圧倒的に「支配する側」、加害者の側にありました。

端的に言えば、戦争責任は“法の不遡及”の原則を破ってまで裁いたのに、植民地責任については国際法を盾にして相手にしない。こうして戦争責任は追及するのに、植民地責任は不問に付したのだとすれば、国際社会は全体として、過去をめぐる責任論のダブルスタンダードを甘受してきたと断じなければなりません。

国際社会のこじれた現実を投影した日本の歴史問題

私が、このたび上梓した『教養としての歴史問題』で言わんとしていたことの1つは、日本の歴史認識問題はこうした国際社会のこじれた現実を投影している可能性が大きいのではないか、ということです。

私たちが耳にする歴史修正主義者の言い分は、ざっくりと言えば、〈日本は戦争に負けた。だから他国からとやかく言われる。それは不公平だ。戦争だろうが植民地支配だろうが、みなやっていたではないか〉といった類いの文句です。それは、〈東京裁判は不公平〉〈「慰安婦」制度などどこでもあった〉というような、「どっちもどっち」論や不平不満として表明されます。

さらに言えば、彼らの不満は、「モノを言う弱者」と彼らが勝手に思い込んできた人たちから厳しく責め立てられることで、さらに強いいら立ちや恐れ、感情的な反発を呼び起こしてきたようにみえます。「嫌韓」本は世にはびこりますが、「鬼畜米英」本はまず見当たりません(ここには、加害と被害の過去が同居する、日本の「戦後」が抱えたもう1つのこじれた現実も投影されています)。

思い起こせば、こうした現象が人口に膾炙(かいしゃ)した1990年代後半、日本は「失われた10年(否、20年、30年!)」の入り口に立っていました。バブルがはじけ、政治は不安定を極め、就職氷河期と言われ、社会のレベルでも個人のレベルでも、徹底的に自尊心が傷つけられた時期でした。

そんなとき、〈自分は悪くない、責めるな〉〈日本は悪くない、誇りを持て〉といった文句は、たしかに慰めのメッセージに聞こえたのではないでしょうか。ときに痛快に響いたことでしょう。しかも、一面で責任論をめぐる国際社会のダブルスタンダードを突いていたのはたしかであって、曲がりなりにも論理を装うことができました。もっともらしく聞こえたことでしょう。

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