いま世界で「歴史問題」が炎上している理由 植民地主義忘却の世界史とグローバル化の背景

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それでも、少し冷静になって、こうした言説が飛び交う「時代の土台」を、時間的にも空間的にも、より大きな文脈の中で捉えれば、私たちの身の回りで起きている歴史修正主義の実態を、はっきりと見定めることができます。

つまり、「ホロコーストはなかった」「『慰安婦』は売春婦」「植民地支配は文明化と近代化の恩恵をもたらした」など、今日の歴史修正主義はみなローカライズされた装いで顕在化していますが、一皮むけば、戦争や植民地主義の過去を問い直す動きに反発しているだけなのです。

戦争や植民地主義が刻印した加害の事実を否認し、そうした史実そのものを「なかった」とうそぶく点では、日本であろうがどこであろうが、今日の歴史修正主義は、世界史的にはみな同一次元の現象です。

であるならば、今日の歴史修正主義は、畢竟(ひっきょう)するに加害責任否認論である。しかも、それは日本特有の問題ではない――これが、私が思いつく最も簡潔で汎用性のある、現代版歴史修正主義の定義です。

現代史の大きな流れの中で歴史問題を捉える

さて、私がここで述べてきたのは、歴史研究の基本から得られる見方でした。身の回りで起きている特定の現象の意味や性格を、より大きな歴史的文脈に位置づけて読み解く、世界史のリテラシーです。現代史の大きな流れの中で今日の歴史問題を捉えれば、焦点はつねに加害の歴史にあることが、実に明確な姿となって浮かび上がってきます。

そうした加害の歴史に、どう向き合うのか――。

少なくとも、そういう問題の所在をきちんと押さえておけば、思慮と分別を持ち合わせたふつうの“大人”――年齢や立場ではなく、社会的責任を担うと自覚のある人という意味で――たちが、歴史修正主義者が弄する詭弁に惑わされ、足をすくわれることはなかろうと思うのです。

前川 一郎 立命館大学グローバル教養学部教授

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まえかわ いちろう / Ichiro Maekawa

専門はイギリス帝国史・植民地主義史。主な著書や論文に『イギリス帝国と南アフリカ――南アフリカ連邦の形成』(ミネルヴァ書房、2006年)、『「植民地責任」論――脱植民地化の比較史』(共著、青木書店、2009年)、「アフリカからの撤退――イギリス開発援助政策の顚末」『国際政治』(第173号、2013年)、”Neo-Colonialism Reconsidered: A Case Study of East Africa in the 1960s and 1970s,” The Journal of Imperial and Commonwealth History, 43 (2), 2015ほか、訳書にジェイミー・バイロンほか著『イギリスの歴史【帝国の衝撃】――イギリス中学校歴史教科書』(明石書店、2012年)などがある。

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