第20回 ワイン造りの時代の転換点に立って
ギリシャ時代は、栽培技術・製陶技術・保管技術の三拍子が揃っていたと思われますし、ローマ時代は、ワインをより遠くに送り届けることができる道路インフラなども整備されていました。そして、ローマからフランスにワイン栽培の中心が移行していったきっかけとなったのが、耐寒性のある質の高いブドウ品種の発見でした。ブルゴーニュ地方では、アロブロゲス族が現在の品種改良技術に通じると思われるやり方で、その土地に適したアロブロギカ種を発見しましたし、ボルドー地方でのワイン栽培の広がりは、外地からボルドーに適したビトゥリカ種との出会いがきっかけでした。
テロワール主義の中心地であるワイン王国フランスの出発点は、実は千数百年前にセパージュ主義的な発想で開発、発見された品種にあったのです。このことを再認識しておくのは、今後の時代の流れを感じるにあたり無駄ではありません。セパージュ主義は何も新しい話ではないということです。
このように、セパージュ主義的にフランスにもたらされたワインの栽培技術は、その後17世紀ごろまで1000年以上、人の勘と経験を頼りに進化しました。この1000年という歳月は、日々ワイン造りをしている人たちにとっては永久とも思える長い時間であり、先祖代々、土地に根ざした思考を定着させたに違いありません。この過程の中で、各産地に最適なセパージュが選抜され、産地名を冠したワインは優れたブランドとして地位を高めて行きました。そして、ブランドワインは造り手に恩恵をもたらし、造り手はますます土地への畏敬の念を深め、テロワール主義的思考が浸透したと考えられます。
しかし、17世紀ごろから急速に発達した科学的手法のおかげで、ワイン造りの神秘が次々と科学的に説明されていきました。そして、科学的手法に後押しされ、技術はさらに高度化し、セパージュが再び脚光を浴びることになったのだと考えられます。こうして、世界中で品質の高いワイン造りができる可能性の扉が開かれたのではないでしょうか。
現在、世界で起きているブドウ栽培の広がりは、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョン、ソーヴィニョン・ブラン、ピノ・ノワールといった高貴種ブドウのクローンが容易に入手できるようになったからで、こうしたブドウ品種を使えば、必ずや質の高いワインを造ることができるというセパージュ主義的な信念で取り組まれているのだと思います。
新規にワイン栽培を始めた場合、5年間キャッシュをうまないとされる事業に対し、安易な思想ではなかなか取組めるものではありません。ある意味、欧州の野心家や生活に困窮していた人たちが、新たな生活を求めて渡米し、アメリカン・ドリームを心に背水の陣で、品種を主眼にしたブドウ栽培をおこなったというのは、ワイン造りの広がりという意味において、とてもありがたい出来事であったのだと思います。
このように考えてみると、千数百年の年月をかけて、ワイン造りはセパージュ主義からテロワール主義へ、そしてテロワール主義からセパージュ主義へと一巡したことになります。そして、現在、両者の融合による新たな胎動がはじまっており、今の時代がまさに稀有な巡り合わせのタイミングであることに感慨無量です。