第20回 ワイン造りの時代の転換点に立って

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■ワイン造りに合わせた資本政策を

 「貴社は一介の小企業に過ぎません。一方、あなたはとてつもない大人物です」

 右の写真は、ブルゴーニュの有名なジョセフ・ドルーアンという造り手のワインです。ラベルの真ん中に「CHARDONNAY」とブドウ品種が記載されています。ブルゴーニュといえば、畑を細かく分類し、テロワール主義の権化ともいえる地域ですが、そのような地域からもセパージュを意識した造り手が現れたのです。

 IPO (Initial Public Offering:株式公開)の提案に際し、ゴールドマン・サックス社がロバート・モンダヴィ氏に告げた言葉です。わたしは、この言葉を見たとき、大きな衝撃を受けました。このやり取りの現場の一部始終を見聞きしたわけではありませんが、この自尊心をくすぐる言い方、そして、あなたは大人物だが、企業は小規模だから成長可能性があり、株式公開をするべきだという示唆をにじませる情緒性。そして、先の言葉からはうかがい知れませんが、IPOすることこそが成功であるという潜在意識。

 2000年以降、1990年代にIPOを遂げた多くのワイナリーが次々と大企業に買収されたり、株式を非公開化したりしました。第19回でもご紹介しましたが2004年にロバート・モンダヴィが買収され、それ以外にもChalone Wine Group、Canandaigua Wine、Beringer、などなど。こうして見ると、ワイン造りの事業においてIPOが成功への道であるとは限らないと示唆されます。

 事業状況が芳しくなく利益が出ていない場合、株主はポートフォリオマネジメントという名目のもと、赤字事業を売り、投資対象を変えていきます。株式という高度に抽象化された有価証券の流動性によってリスク回避をしているわけですが、このような投資家はそもそも事業を通して社会で何を実現したいかという目的を必ずしももっているわけではありません。一部の環境ファンドのように、投資目的として社会貢献を意識しているものもありますが、もっぱら年金の運用など出資者にいかに高いリターンをもたらすかが主目的であって、高いリターンさえもたらされれば、ある意味どんな事業でもよいという考え方です。

 事業の当事者からするとこのような投資家は、バランス・シートに擾乱を起こす要因でしかありません。デイトレーダーによって株価が形成されてしまうようなケースはその典型です。社会的存在意義があり長期的には利益獲得の可能性がある--つまりNPV>0:正味現在価値(Net Present Value)が正-- 事業が、瞬間風速で見た短期的な利益の多寡で判断され、つぶされてしまうことがあるということです。また、こうしたことを理屈として分かっていても、実際の判断は困難です。

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