ハレクラニ沖縄の躍進が映す沖縄観光の競争力 離島や地域性は弱点ではなくむしろ強みになる

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勝木部長は「沖縄の魅力を今までとは違うステージに持っていきたい。都会の人たちはいつか帰っていくけれど、沖縄の人たちがここで育てばハレクラニ沖縄はもっと『沖縄』になる。安室奈美恵級のホテリエでいっぱいになれば、ほかの地域でつくるものとは圧倒的に違う魅力を世界に伝えられるようになるでしょ」と笑顔を見せた。 

客単価低下の打開に、外資ホテル誘致

世界を代表するホテルブランドの沖縄進出は、地元ホテルの地道な努力と挑戦なしには、実現しえなかった。国際的なリゾート地へと扉を開いたのは、県内に9ホテルを展開するかりゆし(本社・沖縄県那覇市)会長の平良朝敬氏だ。

沖縄で観光ホテル市場を一途に切り拓いてきた、創業58年の地元企業。さまざまな客層の旅行シーンを捉え、施設形態や立地を多様に広げ、全方位で迎え入れる体制を整えてきた。

だが、2000年ごろから沖縄観光が盛り上がるにつれ、客室販売を頼る旅行会社の低価格競争が激化。「薄利多売」による従業員の待遇悪化など現場の疲弊が顕在化するようになった。かりゆしは価格引き上げに踏み切ったが、思うように客数がついてこない。

強烈な危機感から平良氏がとった秘策が、外資系インターナショナルブランド「マリオット」の誘致だった。「沖縄を世界的なリゾート地にすることが、観光産業全体の質の底上げにつながる。いいブランドが来れば自社のホテルの従業員も自然とレベルアップする」と平良氏は考えた。

沖縄を訪れる外国客は当時、年間13万人ほどで全体の2.5%にすぎなかった。近隣のアジア諸国の成長を肌で感じていた平良氏にとって、量から質への転換をアジアの富裕層を受け入れるにふさわしい外資ブランドの「装置」に託すことは必然だった。

2005年4月、恩納村に「沖縄マリオットリゾート・かりゆしビーチ」が開業した。外資系のイメージを最大限に生かしつつ、「かりゆし」の冠にこだわるダブルブランドの戦略で挑んだ。

客室稼働率は目標に届かず、1年も満たない2006年3月にはアメリカ投資ファンドに営業譲渡することになったが、世界的なネットワークを有するマリオットの存在が、その後の外資系ブランドの進出とインバウンド誘客の呼び水になった。

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