ポストコロナ「日本は必死で学ぶ必要がある」 「均衡」の概念に基づき文明観は問い直される

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細谷:コロナ危機を経験し、私には、人類とウイルスの均衡という視点が抜けていたことを痛感しました。

細谷 雄一(ほそや ゆういち)/1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現職(写真:本人提供)

シカゴ大学の教授だった著名な歴史家のウィリアム・マクニールは『疫病と世界史』という著書の中で、「現代の科学と技術は無機的なエネルギーを開発することによって、競合するさまざまな生物体との間の自然の均衡を一変させるのに要する人間の能力を、極度に巨大化してしまった」と指摘しています。

そして、「今日人類が自然の生態系に介入していることが主な原因で、生物進化は最高速度で進化している」のであり、「生態学的関係の調整、再調整の一部」として、新しい感染症が拡大することがあるのです。

1980年にWHOは天然痘根絶を宣言しましたが、そのとき人類には感染症を克服したというおごりが生じたのだと思います。しかし、われわれはその後もエイズやエボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)の脅威にさらされてきました。

グローバリゼーションが加速し、グローバルサプライチェーンが進む中で、今回のコロナ危機に見舞われました。マクニールの指摘に従えば、コロナ危機は「生態学的関係の調整」と見ることができると思います。

グローバル化を管理するニューノーマル

細谷:そのように考えると、コロナウイルスの感染拡大に直面する中で、日常生活において「3密」(密閉・密集・密接)を避ける社会へと変容することが1つの「ニューノーマル」だとすれば、グローバルサプライチェーンや国境を越えた人々の移動に一定の制限が加わるのも「ニューノーマル」になる可能性があると思います。

とくに、富を独占する国や人々が健康も独占しようとして、貧しく公衆衛生の芳しくない国々から健康に恵まれた豊かな国々への移民の流入が拡大するでしょう。

そのような移民の流入を制限するようになることも、「ニューノーマル」になるかもしれません。そのとき、これまでのような無条件のグローバル化が、いわばWTO元事務局長のパスカル・ラミーが述べていたような「管理されたグローバル化」へと変容するのかもしれません。

このことを日本の問題として考えると、どうなるでしょうか。実は、日本は歴史的に優れた公衆衛生を維持してきた社会であり、他方で国境を越えた移動の制限や、自然との均衡あるいは共生というものが、日本人にとってはいわば自然なものでした。

島嶼国(とうしょこく)という特性から、日本は元来閉鎖的社会だと言われていました。もちろん、これからも国際化を進めていくべきだと考えていますが、他方で海に囲まれていることで日本がこれまで感染症やテロリズムからある程度免れてこられたという幸運はあったと思います。

そのような日本が有する前提条件を生かしながら、自国の優れたところと劣った部分を十分に理解したうえで、日本が「ニューノーマル」としての、いわゆる「新しい生活様式」を世界に提示できることが重要になるのでしょう。同時に、自画自賛に陥ることなく、もしも日本が内包する深刻な問題点を修正することができれば、ポストコロナの世界で、日本は比較的いい位置に立つことができるのではないかと考えます。

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