瀧本哲史「人生に正解求める人ほど危険な理由」 「真の教え」で商売する人は全員インチキだ
でも、一見いますぐ役に立ちそうにないこと、目の前のテーマとは無関係に見えることが、じつは物事を考えるときの「参照の枠組み」として、非常に重要なんですよ。
経済学しか学ばない人、学べないような人は、実際あまり役に立たないんです。見方が一方的だったり狭すぎて、学問の新しい理論やジャンルを開拓していくことなんて、できないんですよ。これは仕事でもおんなじです。
学問や学びというのは、答えを知ることではけっしてなくて、先人たちの思考や研究を通して、「新しい視点」を手に入れることです。
だから僕は、何かの「正解」を教えることはあんまりいいことじゃないとずっと思っていて、批判し続けています。
たとえばビジネス書の著者で、本で名前を売ったあとにセミナー始めて、セルフブランディング講座とか、なんとか塾とか開催してる人って、大勢いるじゃないですか。「これをやればあなたの仕事がうまくいきます!」とか、そういうの大っ嫌いなんですよ。
「わかりやすい答え」を求める人向けにインスタントな教えとかノウハウを提供するのって、簡単だけど意味ないんですね。
多くの人が「わかりやすい答え」を求める
でも多くの人は「わかりやすい答え」を求めてしまいます。
そのいい例が「バイブル」、つまり聖書です。聖書には「こういうふうに生きていきなさい」という、ある意味「答え」が書いてあるんですね。
ユダヤ教とかイスラム教もバイブル性の高い宗教で、人が行動に迷ったと教典とかコーランを紐解いて答えを探すと、「誰々という偉い人がそういうときはこうしなさいと述べた」って感じで、戒律として指針が示されているので、迷わずに済むんです。
日本の仏教も宗派によってはそういう細かい教えを伝えてるところがありますけど、僕は「神様にこれをお供えすれば明日から幸せになって、年収も10倍アップ!」(会場笑)みたいな教えって、絶対に信じないほうがいいと思うんです。
だから今日の講義に来た人たちが僕の話を聞いて、僕のことをカリスマみたいに思って帰るとしたら、それは僕としてはぜんぜん嬉しいことではありません。
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