ネット選挙が”メディア変革”をもたらす 私が感じたメディアイノベーションの胎動

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ネットでロングテールの政策を拾う

もちろん、政治の難しい話題を誰にもわかりやすく伝える情報番組やバラエティ番組はあっていい。しかし、たとえば「3大争点」などとメディアの価値観だけで一方的に絞り込まれてしまうと有権者ニーズをきめ細かく反映できなくなる。文科副大臣を経験した鈴木氏が「国政選では憲法や外交、安全保障が優先される一方、教育や医療など生活に密着しているのに地味な課題は、メディアの3大争点から外されてしまう」と議員時代によく嘆いていたものだ。

都知事選で初対面した鈴木寛氏(右)と家入一真氏(撮影・武藤裕也)

一方、ネットならば「ロングテール」で民意を拾うことが可能だ。都知事選で家入氏は選挙期間中に政策アイデアをツイッターで募集し、3万超の声を集めて120の政策を掲げたが、それも「引きこもりや性的マイノリティなど、今まで政治に声の届かなかった人たちの声を集めたい」との思いからだった。

元IT技術者で、板橋区議の中妻穣太氏は、都知事選の家入陣営の取り組みに触発され、ツイッターで地元の政策課題を公募。自身のサイトに集約し、議会での質問にも早速、活用したという。

メディアイノベーションへの橋渡しに期待

メディアの側にも、現場レベルで新たな動きを感じる。

都知事選で朝日新聞が第一声を報じた際、他候補がマイクを持って並ぶ中で、家入氏だけがツイキャス中継で使うスマホを手にした写真を掲載。同紙のデザイン部が候補者らしさを表現するため勝負をかけたと聞いて、ライバル紙の元記者としては、その挑戦的な姿勢に敬意を覚えた。

また、多くのメディアが「泡沫」候補とみる中で、朝日とNHKは家入氏を主要候補として「破格」の扱いをした。記者たちの話では参院選での「三宅旋風」を読めなかった反省からだという。結果的にそれは杞憂に終わって申し訳なかったが、報道の現場が新しい動向に関心を持ち、既成概念にとらわれずに挑戦し続ければ、政治ニュースの新境地を必ず開拓できるはずだ。

報道の新時代を感じさせた朝日新聞のデータジャーナリズム・ハッカソン(筆者撮影)

ネット上に民意がデータとして蓄積されてくれば、報道側として生かさない手はない。毎日新聞は社会学者と組んで、参院選から精力的にソーシャルメディアの世論分析を基にした記事を掲載。都知事選の後には朝日新聞が「データジャーナリズム・ハッカソン」を開催し、記者がデザイナーやプログラマーなど、社外のスペシャリストと共同でインフォグラフィックやアプリを開発した。私もハッカソンを取材したが、欧米の新聞のように緻密なデータ分析とビジュアライズに長けたコンテンツが、政治報道で増えていく未来を感じた。

取材対象である政治がネット化すれば、既存メディアも呼応するのは必然ではないか――。図らずも、ネット選挙の当事者と新聞記者を両方経験した私は、都知事選を終えた現在、メディアイノベーションの胎動を強く感じている。これからも政治とメディア変革をライフワークにしていきたい。

新田 哲史 広報コンサルタント/コラムニスト

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にったてつじ

1975年生まれ。読売新聞記者(社会部、運動部等)、PR会社勤務を経て2013年独立。企業広報のアドバイス業務の傍ら、ブロガーとして「アゴラ」「ハフィントンポスト」にて評論活動を行う。2013年の参院選、14年の都知事選ではネット選挙案件を担当。東洋経済オンラインではネット選挙の記事を寄稿し、野球イノベーションの連載を企画した。

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