だが、そうした中で、自社株買いや株主(株価)至上主義に対する批判も高まりつつあった。急先鋒が民主党左派で、自社株買いは市場を歪め、格差拡大を助長しているとして、自社株買いの規制と富裕層の増税を主張している。リベラル派のシンクタンク、経済政策研究所(EPI)によると、1978~2018年の間に従業員の物価調整後の賃金の伸びが12%にとどまるのに対し、CEOの報酬は10倍以上に増えており、S&P500株価指数の約8倍をも上回る。「経営者至上主義」とさえいえる状況だ。
借金を使った自社株買いや配当の拡大が過剰な企業債務につながっているとの指摘も多く、国際通貨基金(IMF)は「(景気後退期には)企業の信用の質を著しく悪化させかねない」と警告を発していた。
自社株買いが格差拡大を助長と批判
投資家や経営者の言動にも変化が生じていた。2018年初頭、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのラリー・フィンクCEOが投資先の経営トップに送付した「目的意識」と題する書簡で、「企業が長期的に繁栄するためには、財務パフォーマンスだけではなく、顧客・従業員・株主・地域社会といったすべての“ステークホルダー”に価値を生み出すことが求められる」と説き、話題を集めた。環境・社会・企業統治を重視するESG投資も、世界の機関投資家の間で浸透しつつある。
2019年8月には、アメリカの大企業経営者の団体であるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が「企業の目的に関する声明」を発表し、「すべてのステークホルダーに価値をもたらすことが企業の使命である」とした。BRTは1997年以来、「企業の第1の目的は株主に奉仕すること」という株主至上主義を掲げてきただけに“大転換”ともいわれた。
そして今回の新型コロナ危機が勃発し、株主至上主義の弱点が一気にあぶり出された形だ。アメリカ企業は財務の流動性や事業と雇用の維持を優先し、自社株買いなどの株主還元を後回しにせざるを得ない状況に追い込まれている。
しかし、アメリカ企業がこのまま「ステークホルダー主義」へと本質的に大転換していくのかというと、それは考えにくい。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら